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街から注文している品が届くのを待っている間、ベルは暇さえあれば作業部屋へ籠っていた。薬店へ納品する為の薬瓶はしばらく届いていなかったので、その為ではない。
「瓶入りは、重いのよね」
顎に指を当てて首を傾げながら思案する。これまでは自分が使用する前提では考えてなかったけれど、今回は違う。自らが使う可能性のある薬を作り出そうと頭を悩ませていた。周知の通り、ベルは面倒なのは嫌いだが、自分達が楽する為の努力は惜しまない。
今まで作っていた薬は、先代の森の魔女である祖母から受け継いだレシピだった。古き良き秘伝のレシピで、改良しようなんて考えたことはなかった。おそらく、遥か前の魔女のレシピのままだろう。
実際に携帯して森の中を歩くことを思うと、現状の瓶入りの薬は嵩張る上に重い。しかも、瓶だから何かの拍子に割れてしまう可能性もある。冒険者や旅人達はこんなリスクのある物を大量に持って移動しているのかと思うと、信じられない。
身体を守る為の薬が、身体へ負担をかける原因になっているようでは本末転倒だ。いざ自分がその立場になってみないと、分からないことは多い。
「瓶も重いし、液体も重いですよね」
「そうよね、液体じゃなければ瓶も要らないのよね」
葉月の同調の言葉に、ヒントを得る。瓶を使わないで済めば、重さの問題はかなり解決しそうだ。
「私の世界では、薬は液体と、錠剤と、粉末とかがあったかな」
瓶じゃなくてプラスチックの容器に入ってた、と言いかけたが、こちらではプラスチック製品を見かけたことは無かった。容器自体に軽さを求めるのは難しそうだ。
「錠剤は時間がかかりそうだけど、粉末ならいけるかもしれないわ」
素晴らしいアイデアだわ、とベルから絶賛してもらえて、葉月は少し照れた。
薬の水分を限界まで抜いて、服用する時に水で溶けばいい。それなら随分と軽くなるし、荷物にもならない。
最初の試作品は、水分を飛ばそうと煮詰め過ぎて焦げてしまい、さらには熱が入り過ぎたせいで薬の効果も激減してしまった。これでは使い物にならない。
「最後の精製で乾燥をかけてみようかしら……」
薬草を煮ている大鍋を木べらでかき混ぜながら、粉末状にする方法を模索する。回復薬のように複数の薬草を混ぜる場合、液体で混ぜた後に乾燥するのか、それぞれを粉末化した後に混ぜるのか、細かく考えるとキリがない。
「とりあえず、一旦はいつも通りに作ってみてからね」
本来はそのまま青い瓶に詰めるだけという段階まで作った回復薬を、いつもは粉砕作業で使っている大きな壺へと移し入れる。そして、蓋を閉めずに両手を壺に添えて念じてみる、「乾燥」と。普段は髪を乾かす時にしか使うことが無かったが、調薬に生かす日が来るとは思わなかった。
途端に壺の小さな口から白い霧が吹き出し始め、薬から水分だけが抜けていく様子は、ちょっとした奇術のようだった。その霧が収まると、葉月も駆け寄ってベルと二人で恐る恐る中を覗いた。
壺の底には、さらさらとした青い粉。見事に回復薬の成分から水分だけが抜けて、粉末状の薬成分だけが残っていた。少しだけ指先に取った物をそっと口に入れてみたベルは、葉月の顔を見て大きく頷いた。
「とっても濃いわ」
水に溶かして飲む前提なので、味が濃くて当たり前なのだが、ちゃんと回復薬の味がするのは確認できたということなのだろう。あとは、これがどれくらいの割合で水に溶かせば良いのかを計算して、一包ずつに分けていく作業になる。葉月の記憶を頼りに、薬を包むのは薄い紙で試してみることになった。
「液体よりも長持ちしそうね」
「瓶入りよりもコストも低そうですしね」
持ち運びし易い上に、長期保存が可能とくれば、今後はこのタイプが主流になりそうな予感しかない。
「でも、計って分けるのは面倒だわ……」
「あ、それは薬店さんで分けて貰えばいいんじゃ?」
確か、処方箋薬局もそんな感じだったはず、と葉月が思い出して提案すると、「それは妙案だわ」と速攻で採用された。この世界の薬の認識が大きく変わった瞬間かもしれない。
薬店の手間は増えるけれど、瓶の仕入れが減る分コストは下がるはずだし、断られる理由はない。
同じ要領で解毒剤や解熱剤などの粉末の試作品も用意すると、薬店の店主宛に取り扱い説明をしたためて、クロードへと託した。若い店主からの反応が楽しみだ。
「瓶を作ってる工房からは怒られちゃいそうね」
ふふふ、と少しも悪びれることなく笑っている。液体の需要が無くなる訳でもなさそうだし、今後は並行して作っていくことになりそうだ。