『初めまして。私はライサ、見て通り神子の一人よ』
クスクスと笑う声が気持ち悪く聞こえる。彼女の全てに嫌悪感しか持てない。早く逃げたくて、ただひたすらに体を動かすが手の中から出られない。
『暴れないでぇ?何も殺そうとかしてるわけじゃ無いのよ?…… たぶん、ね』
うふふ…… なんて笑われたが、似合ってない。顔の造形は綺麗なはずなのに、ここまで醜い顔で笑う事が出来る事に驚かされた。
何をしようというのかが分からず怖い。このままじゃマズイ。でも、どうしていいのかわからない。
(助けて!怖いよ、カイルッ!)
ギュッと目を瞑り心を込めて心中で必死に叫んだ。力の限り、『フニャァァァァァ!』って声にのせて。
『——イ、イレイラ⁈何でライサと一緒なんだ?』
さほど時間が立たぬ間に、全速で駆け寄る音と求めていた声が聞こえ、歓喜に涙が出そうになった。
慌てて声のする方へ顔を向ける。玄関ホールの中に彼は居て、既に私を探してくれた後だったのか、髪が乱れて汗を流していた。
『常にイレイラの居場所がわかるようにしておけば良かった…… クソッ!』
怒りに任せて、カイルが床を蹴った。大理石の床が削れ、その周囲がヒビ割れる。そんなカイルを見て、ライサと名乗る女が破顔した。
『あぁ…… 素敵。カイル、カイル、カイル——何て素敵なの』
私を掴む手に力が入り、息が詰まる。
『イレイラを離せ。そしてすぐに帰れ。お前と話すつもりは無いってさっきも言った筈だ。そもそもなんだって此処に入れた?』
『んー?それはね、愛の力よ!って言いたいけどぉ、答えは違うわ。この子が油断したからよ。魔力の高いこの子の油断が、貴方の結界に隙を作った。ホントバカな子よね。所詮は猫。私達とは違うのよ。すぐ騙されるし、歳をとるし、死ぬし…… ねぇ?』
最後の言葉にザワッとする。この女は私を殺す気だ、そう思った。
『邪魔よねぇ、こんなの。消えちゃえばいいのよ。カイルの傍には私が居るもの。いつでも傍に居るわ。ずっと、ずーっと見ていてあげるの。私は死なないのよ?永遠に愛を与えてあげられるの。アンタとは違って、ね』
クッと声が詰まる感じがする。反論出来ない。神子じゃ無い私は、どうやったっていつか死ぬのだ。永遠に彼の事を癒してはあげられない。
ライサの言葉の一つ一つが、心に刺さる。
『カイルはね、本当は私の事が好きなのよ。だって私がこんなに愛してるんだもの!愛したらね、愛してもらえるの。だからカイルは私のモノなのよ。うふふふ…… 』
ライサは自分の言葉に酔っているみたいだ。
『——んな訳あるか。イレイラを返せ。帰れって何度言わせる気だ』
カイルは一蹴し、ひどく冷たい声で言った。怒りで眉間に深いシワが刻まれ、ライサを睨みつけている。
『あぁ、そんな情熱的に私を見詰めないで。嬉し過ぎて溶けてしまうわ』
『溶けて消えろ。イレイラを離せ!』
カイルの髪がフワッと上がる。魔法を使おうとしているのかもしれない。
『今日はね、プレゼントを持ってきたの』
カイルの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ライサは私を掴んだまま玄関ホールへ入って来た。それなのに結界に弾かれない。絶対私のせいだ…… 。
『とっても素敵な品よ。カイルがね、こんなモンを異世界から召喚したって聞いてすぐに作ったの。今までみたいに毎日だって顔を見に此処に来たかったのに、我慢して作ったのよ?褒めて欲しいわ。会いたくて会いてくて、本当に苦しかったわ』
『いらない。帰れ』
カイルの怒気で室温が急激に下がる。さっき感じた空気の冷たさの比じゃない。吐き出す息も、周囲までもが凍ってしまいそうだ。
私の体は震えてしょうがないのに、ライサは嬉しそうに笑い続けている。一体どんな神経をしているんだ。
『ダーメ。受け取って貰うわ。みんな幸せになれるんだもの!』
ニヤッとした笑みを浮かべ、ライサは私の首を掴んで頭上へと持ち上げる。そして、『あはははは!』と笑いながら、ライサが私の事を大理石へと叩きつけた。力強く振り落とされたせいで、ぶつかった瞬間骨が何カ所も折れた気がする。
『イレイラァァァァァ!』
カイルの叫ぶ声が聞こえた。悲痛な音に切なくなる。
最期に聞く声がこんな音なんて、嫌だ。
死にたく無い、死んじゃダメだ。
絶対に意識が飛ばないよう必死に堪える。
『えいっ!』と、場違いな可愛い声をあげて、ライサは自らの谷間から宝石を取り出して私の体へそれを投げつけた。ぶつかった瞬間宝石は簡単に割れて、魔法陣が飛び出す。
その宝石は、どうやら魔法具だったみたいだ。
六芒星と術式が空間に描かれ、光を放つ。正直、綺麗だなって思ってしまった。
『帰してあげるわ!これで全て元通りでしょ?嬉しいわよね?元の世界に帰りたかったでしょう?何て優しいのかしら私は!あぁ…… 優し過ぎて、カイルに惚れ直されてしまうわ!』
ライサがギュッと自分を抱きしめ、激しく身をよじる。
見当違いの思い込みの発言に、もう苦笑しか出来ない。寿命が長い弊害で、この神子は壊れたんだろうか?と、痛みの渦の中でふと思った。
『ふざけるなぁぁぁぁ!』
カイルの声と同時に、私の体からすぐに痛みが消えた。温かい光に包まれて、初めてカイルに会った時のような心地良さが全身を癒してくれる。同時に彼の指先から線を描く様に黒いモヤが吹き出し、綺麗に光を放つ魔法陣を、侵食し出した。
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