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そして──。
八代の言葉通り、金原は、芸者遊びを行っていた。
「いやー!まさかまさかの、お大臣様の登場でげすなぁー!」
先程から、太鼓持ちが、金原と高井子爵のご機嫌とりに弾けている。
「いや、しかし、子爵。奇遇ですねぇ。こんなところで、出くわすとは」
ニコリとよそ行きの笑顔を浮かべて、金原は、太鼓持ちへ子爵に酌をするよう言いつけた。
「ありゃまっ、あちきとしたことがっ、これまた、気がききませんで」
はいはい、ごめんなさいよ、どうぞどうぞ、と、逐一太鼓持ちは、調子っぱずれの台詞を吐きながら、高井子爵へ酒をすすめる。
「いや、いや、金原君と、出会えてよかったよ。実は、今日は、懐がさみしくてねぇ」
追って、何を仰いますやらと、太鼓持ちが、へらへら笑った。
「ははは、本当に、何を仰いますやら。天下の子爵家が。ですが、お一人で静かに過ごそうと思われていた所へお邪魔したのは、この、金原。どうぞ、ここは……」
下手に出た金原に、高井子爵の顔はほころぶ。
「いや、そうと、決まれば!はいはい!お姐さん方!出番でございますよっ!」
太鼓持ちの一声に、はぁーい、と、艶のある返事が返って来た。
「……亀松、頼んだぜ」
襖の向こう、隣の間で、親分が控えていた。
「はい、親分さん、この亀松、精一杯やらさせて頂きます」
端正な顔立ちの、大人びた芸者が、親分に頭を下げた。
「すまねぇな。後のことは、わるいようにはしねぇ、約束する」
その言葉に、芸者──亀松は、こくんと頷き、商売用の笑みをうかべると、さっと、襖を開けて、上座に座る金原と高井子爵へ挨拶をした。
あれから親分と金原は、亀松がいる置屋に出向き、女将と今回の企みについて話をつけた。
うまいことに、亀松が呼ばれていたお座敷が、高井子爵のものだった為に、親分と金原は共にやって来たのだ。
そして、金原は、偶然を装い、子爵と合流したのだった。
挨拶をする亀松の姿に、金原は、一人ほくそ笑んでいる。
これから、子爵から珠子とのことを聞き出し、そうして、亀松の身請話を進める。
珠子がいようが、亀松のことを子爵が断るはずがない。
賑やかな三味線の音が鳴り響き、太鼓持ちが躍りだし、亀松が子爵に酌をするため、控えている。
次は、亀松が舞う。
子爵は、その姿に見惚れるだろう。その時こそが、それとなく、そして確実に、企てを進める時なのだと、金原は静かに杯を口にした。
ふと、金原の脳裏に櫻子の姿が過る。
ここで、失敗はできないと、金原は決意を新たにするが、隣では、呑気に鼻の下を伸ばしきる、高井子爵の姿がある。
そんな、馬鹿げた姿を見て、金原は、子爵の胸ぐらを掴みたい衝動にかられたが、もう少しの辛抱と、自分に言いきかすよう、再び杯を口へ運んだ。
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