その日の夜、山荘の食堂は大忙しだった。
定員いっぱいの宿泊客達が一斉に食堂に集う。
東京のホテルでシェフをしていた三橋の料理は、この宿へ泊まる宿泊客から絶大な人気を得ていた。
三橋のお陰で山神山荘は食事が美味しい宿としても有名だった。
優羽は三橋の妻と共に、出来立ての食事を各テーブルに運んでいく。
登山客達は美味しい料理と楽しい会話に大盛り上がりの様子だった。
岳大のテーブルでは、岳大の斜め前に出版社のアシスタントの朝倉が座っていた。
朝倉は、岳大が白馬から立山まで歩いた話を聞き、驚いた様子で言った。
「かなりの距離がありますよね。何泊も山で過ごしてって本当に凄いわ!」
朝倉がそう言うと、編集長の前田が言った。
「佐伯君にとっては、このくらいの行程大したことはないよな?」
「ええ、まあ。天気に恵まれたのでここへは予定よりもかなり早く着きましたし」
そこで井上が言う。
「僕がここに着いた時は、佐伯さんは温泉三昧ですっかり疲れもとれてくつろいでいましたからね」
「井上君の言う通りです。ここで数日ゆっくり過ごしたらすっかりパワーが回復しました」
岳大はそう言いながら、無意識に食堂で働いている優羽の方をチラリと見る。
その時朝倉は岳大の視線をしっかりと捉えていた。
岳大の視線の先に優羽がいる事に気づいた朝倉は、優羽の事をじっと見つめる。
その時、優羽が新しい料理を持ってこちらへ歩いて来た。
優羽が持って来た皿を岳大の前に置こうとすると、岳大は直接手で受け取る。
すると優羽が笑顔で「ありがとうございます」と言うと、岳大も笑顔を返した。
二人があまりにも打ち解けた様子なのを見て、朝倉は急に不機嫌になり押し黙った。
しかし、そんな朝倉の様子に気づく者は誰もいなかった。
食事の時間が終わると、四人はそれぞれ自分の部屋へ引き上げて行った。
明日は撮影の為に早朝に出発の予定だ。
宿泊客達が食堂からいなくなると、優羽と三橋の妻は食器類を片付け始めた。
「今日は満室だったから食器がいっぱいで大変ねぇ」
と三橋の妻が言う。しかしその表情はどことなく嬉しそうだ。
なぜなら、夫が作った料理を皆が美味しいと言いながら残さず食べてくれたからだろう。
そんな三橋の妻を見て、優羽はなんて素敵な夫婦なのだろうと思っていた。
すべての片づけを終えると、既に午後十時を過ぎていた。
流星を風呂に入れなくてはと思っていた優羽は、慌てて部屋へ戻る。
すると流星はうとうととしていた。
「流星、お風呂に行くわよ」
可哀想だったが優羽は流星を起こす。
汗をかいたまま寝かせる訳にはいかない。
すると、流星はぐずって入りたくないとごねながら優羽の後をしぶしぶついて来る。
そして女性風呂の前まで来ると、さらにごねて言った。
「ぼくはおとこぶろにはいるの」
眠くてごねる流星のご機嫌をとりながら、ママと入ろうよと優しく言ってみたが
流星は一向に言う事をきかない。
ほとほと困った優羽は、
「勝手にしなさい!」
と流星に少し強い口調で言うと、とうとう流星は泣き出した。
「ぼくはおとこだからおとこぶろなの!」
そう言ってシクシクと泣きながら母親に精一杯の抵抗を見せている。
ちょうどそこへ、岳大がタオルを持って通りかかった。
「流星君どうした? 男風呂に入りたいの? だったら僕と一緒に入ろうか!」
岳大が優羽に、
「僕が入れますよ」
と言ったので、優羽はびっくりして慌てて言った。
「いえいえ、お客様にそんな事をさせるなんて!」
すると岳大は、
「大丈夫ですよ。な、流星君! 男同士でゆっくり入ろうか」
と言うと、流星は、
「うんっ!」
流星は急にご機嫌になった。
そして岳大と手を繋ぐと、
「じゃあね、ママ!」
と言って嬉しそうに男風呂へ入って行った。
優羽は慌てて岳大に「すみません」と声をかける。
その後優羽は一人で女風呂へ行く。
女風呂には誰もいなかった。
一人で温泉に入るなんて何年ぶりだろう? 風呂に入る時はいつも流星と一緒だったから、一人で温泉にゆっくり浸かるなんて
すごく久しぶりだ。優羽は嬉しくて思わず微笑む。
外の露天風呂へ移動すると夜空には星が輝いていた。
近くを流れる川のせせらぎの音が耳に心地よい。
優羽はゆっくりと湯に浸かる。すると男風呂から岳大の声が聞こえてきた。
「流星君は、自分でちゃんと洗えるんだね。偉いなぁ」
「うん! ぼくはじぶんでちゃんとあらえるの。きちんとあらってせいけつにしないと、ゆりかちゃんにきらわれちゃうか
ら!」
「え? ゆりかちゃん? 流星君のガールフレンドかな?」
「ううん、まだこくはくはしていないよ」
流星が得意気に言ったので、岳大はハハッと笑った。
「ゆりかちゃん」の話は優羽も初耳だった。母親に隠していたことを流星がさらっと岳大に話すのを聞いて、優羽は軽いショッ
クを受けていた。男同士だから話しやすいのだろうか?
そして耳を澄ましていると、
「よーし、じゃあ温泉に浸かるぞ! 滑らないようにね。そうそう、ゆっくり浸かってごらん。気持ちいいだろう?」
「うん。おそとのおふろはたのしいね。おそらのおほしさまがみえるから」
流星はそう言って笑った。
「流星君の名前は流れ星だものね。素敵な名前をつけてもらったんだね」
「ママはおほしさまにくわしいんだ。ママはほしがだいすきだからりゅうせいってつけたんだって」
「そっか。じゃあ、ここに引っ越して来てよかったね。ここからは星がいっぱい観えるからなぁ」
「うん! ぼくもほしがいっぱいのこのおうちがだいすきだよ」
流星は嬉しそうに言った後、岳大に手で水鉄砲を作ってとせがんだ。
水鉄砲は、東京の保育園の夏のプールで知って以来優羽にも時々せがんでいた。
岳大は流星に言われるとすぐに、
「いくぞ、ほら!」
そこで水が跳ねる音が聞こえる。流星はキャッキャとはしゃぎ始めた。
そして「僕にもやり方を教えて」とせがみ、二人で水鉄砲の練習を始めたようだ。
そんな二人のやり取りを聞いていた優羽は、流星にもし父親がいたら、こんな場面は日常では当たり前だったのかもしれない…
そんな風に思いながら少し切ない気持ちになる。
そして優羽は夜空を見上げた。
今夜も満天の星空だ。
空一面に輝く宝石は、まばゆい光を放ちながら静かにこの地を照らし続けていた。
コメント
4件
ここで流星くんと岳大さんの裸の付き合いが始まったのね,ほのぼのする。朝倉ねーただの編集部員よね?確か…勝手に嫉妬して独りよがりな女かな😅😅😅
ヤッパリ朝倉さんは岳大さんのこと…💧 お願いやさかい優羽チャンと流星くんには、何もせんといてよ😱💦💦😱
朝倉さん要注意人物としてロックオン⚠️ 流星くんたけちゃんと楽しい♨️ きっと明日は優羽ちゃんと入ってくれるよ〜⁉️入るかな⁉️😁 どうやら先に流星くんとたけちゃんが両想いになったようで💕カワイイ