翌日、岳大達一行は早朝に立山へと向かった。
朝食前に出かけるというので、三橋夫妻は四人の為におにぎり弁当を用意して持たせた。
優羽も早朝に起きて三橋夫妻を手伝いながら四人を見送った。
その後、他の登山客も早めに朝食を食べて山へ向かったため、
朝の十時前には既に宿泊客はいなくなっていた。
それと入れ替わるように、掃除担当のパートの伊藤と中山舞子が出勤して来た。
流星を保育園に送った後フロントで仕事をしていた優羽の所へ舞子が掃除機を持ってやって来た。
「おはようございます。お掃除しますね!」
「おはようございます。お願いします」
すると舞子が優羽に言った。
「お仕事にはもう慣れましたか?」
「はい…なんとか。でもまだまだ失敗は多いですが…」
「大丈夫ですよ。そのうち慣れますから」
舞子は優しく言った。
二人はそれぞれの仕事をしながら世間話に花が咲く。歳が近いという事もあり話題は尽きない。
舞子の掃除が終わってもまだ話し足りなかった二人は、今日の休憩時間を一緒に過ごす約束をした。
ここで働く従業員は、休憩時間にカフェを利用できる。
優しい山岸夫妻の計らいで、スタッフもコーヒーを一杯無料で飲めるようになっていた。
三橋が用意してくれた従業員用のまかない飯を食べた後、
優羽と舞子はカフェの外のテーブル席に着いた。二人ともアイスコーヒーを手にしている。
「じゃあ舞子さんはお母様の介護をしながらここで働いているのですね。 偉いなぁ。娘が一緒にいてくれたらお母様も心強い
でしょうね」
優羽がそう言うと、舞子は恥ずかしそうに微笑んで言った。
「実は私バツイチなの。一度結婚して実家を出たんだけれど、うまくいかなくて出戻ったのよ。だから母には色々と心配かけち
ゃったからこれくらいはしないとね」
優羽は、舞子のように気が利いて働き者の女性なら街中に行けばもっと良い条件でいくらでも働く場所があるのにと
ずっと不思議だった。
しかし舞子の話を聞いて納得する。
優羽がこの山荘のに惹きつけられたように、舞子もここに惹きつけられたのだ。
そして舞子も心に傷を負っている。
傷を抱えたままひっそりと生きていきたい者にとって、この山荘はとても居心地が良く都合の良い場所なのだ。
優羽は、舞子に対して同志のような気持を抱かずにはいられなかった。
そして優羽には姉妹がいなかったので、こんな女性が姉だったら良かったのにとなぁとも思った。
その時舞子が言った。
「私は一人っ子で姉妹がいないから、優羽ちゃんの事は妹のような感じでお付き合いさせてもらうわね。これからもよろしく」
優羽は思わず嬉しくて、
「はい、こちらこそ…」
と言って微笑んだ。
その日の夕方、岳大達が山荘へ戻って来た。
この日は現地調査のみで、撮影は後日、岳大と井上の二人で行くらしい。
帰って来るなり男性陣はすぐに温泉へと向かったが、出版社の朝倉亜由美だけはそのままカフェに行きコーヒーを注文した。
優羽はすぐにコーヒーを用意して窓際に座る朝倉へ持って行った。
朝倉はノートパソコンを開いて仕事をしている。
女性がカフェで仕事をする光景を見るのは東京に住んでいた時以来だなと、優羽は東京時代を懐かしく思い出していた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
朝倉は微笑んだ後、優羽に聞いた。
「あなたはここの従業員よね? 佐伯さんとはお知り合いなの?」
いきなりそんな事を聞かれたので優羽は驚いたが、すぐに答える。
「いいえ、知り合いではないです」
「そうなんだ。てっきり知り合いなのかと思っていたわ」
朝倉はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
優羽は朝倉がなんでそんな事を聞くのだろうと不思議に思いながら、一礼をしてカウンターへ戻った。