テラーノベル
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「では主様。早速ですが共に汗を流し、絆を深めましょう!」
カジノから逃げるように駆け込んだ、場末の薄暗い安宿の一室。
扉を閉めた直後、銀髪の騎士セリアはなんの躊躇いもなく、胸元のバックルに手をかけて甲冑を外し始めた。
「ちょ、えっ!? 何してんのセリアさん!?」
「何って、主君の背中を流すのは従者の務め。共に湯浴みをし、今日の熱き戦いを語り合う。騎士として当然の振る舞いですが?」
「当然じゃないよ! 俺たち今日会ったばっかりの男女だよね!?」
ガシャ、ガシャと無骨な音を立てて装備が床に落ちていく。その下から現れたのは、汗で張り付いた薄手のインナーと、国宝級のプロポーションだった。
彼女は一切の照れもメス感もなく、まるで部活の先輩が後輩を風呂に誘うような、爽やかすぎる笑顔を向けている。
(いやいやいや! 距離感! 男同士の距離感で俺の童貞(スタック)を全損させにくるな!)
このままでは俺の倫理観がショートしてしまう。俺は必死に視線を泳がせながら、両手で顔を覆った。
「だ、ダメだ! 確かに俺は勝者としてセリアさんの身柄を引き受けたけど、そういうのは求めてない! い、今はそれより、今後の作戦会議をしないと!」
「……む。主様がそう仰るのなら、仕方がありません」
セリアは少し残念そうにインナーの襟を正すと、姿勢を正して俺の前に一枚の羊皮紙を差し出した。
カジノでの死闘の末に勝ち取った、オークが奪おうとしていた彼女の実家の『領地の権利書』だ。
「これが、私の愚かな父がオークの商会から借り入れてしまった負債と、領地の権利書です。どうか主様、お納めください」
「おお、これが異世界の……ん? ちょっと待て」
差し出された権利書の記載を見て、俺は思わず目を疑った。
そこには、領地の名前と共に、目を疑うような莫大な『負債額』と『月々の維持税額』がびっしりと書き込まれていたのだ。
「……セリアさん。これ、明日までにカジノのギルドに何十万チップも利子を払わないと、領地ごと没収されて奴隷落ちになる契約になってるんですけど?」
「はい! 父が騙されて結んだ悪魔の契約です。だからこそ、私達は代打ちを雇ってオークと戦うしか道がなかったのです」
清々しいほどの即答だった。
俺は頭を抱え、ベッドに崩れ落ちた。
(忠誠心の皮かぶった自己破産手続きじゃねーか!!)
「こ、こんなもん押し付けないでくださいよ!」
「押し付けるだなんて! 主様のあの神業のようなポーカーがあれば、明日の利子の支払いなど造作もないはずです。いえ、それどころか……」
セリアは熱を帯びた瞳で、俺の顔を真っ直ぐに見据えた。
「今の主様の実力であれば、『覇王』の玉座に辿り着くことも決して夢ではありません!」
「……覇王?」
聞き慣れない、しかし途方もなく重い響きを持つ単語。
俺が眉をひそめると、セリアは不思議そうに小首を傾げた。
「ご存知ないのですか? かつてこの世界で起きた、人間と魔族の凄惨な大戦……それをたった一人で終結させた伝説のポーカープレイヤーです」
「ポーカープレイヤーが、戦争を終わらせた……?」
「はい。突如として現れた覇王は、圧倒的な実力で両軍のトップを盤上でねじ伏せ、一つの絶対ルール『大協定(グランド・ディール)』を敷きました」
セリアは窓の外、遠くに見える巨大な塔を指差した。
「『流血の戦争を禁ず。これより先、国家・種族・個人のすべての争いはテキサスホールデムにて決着をつけること』……この世界がポーカー至上主義となったのは、覇王がそう定めたからです」
……なるほど。ファンタジー世界なのに剣よりカードが強い理由が、やっとわかった。
たった一人で世界の理を書き換えるほどのプレイヤー。
俺の心の中で、純粋なポーカー打ちとしての血がざわめくのを感じた。
「覇王は今も、あの塔の頂上で挑戦者を待っています。世界中の猛者たちを倒し、玉座に辿り着き、彼にポーカーで勝った者は……『どんな願いでも叶えられる』と言い伝えられているのです」
『どんな願い』でも。
その言葉が、俺の脳裏に雷のように響いた。
(願いでも叶うなら……俺が元の世界に帰ることもできるってことか?)
拳を強く握りしめる。
俺の未練は、この世界にはない。現実世界で俺をコテンパンに叩きのめした、あの天才プレイヤーにもう一度挑む。逃げたまま、負け犬のままで終わるわけにはいかないのだ。
「……なるほどな」
俺は息を吐き出し、ベッドから立ち上がった。
視界の端で、俺にしか見えない青白いシステムUIが静かに明滅している。
元の世界に帰る方法。そして、最強のプレイヤーである覇王の存在。点と点が繋がり、俺の前に明確な道筋ができた。
やるしかない。
元の世界に帰って、あいつにリベンジを果たすために。
「よし、決めた。……ただその前に一つだけいいか、セリアさん」
「はい! 何なりと、主様!」
「その主様っていうの、やめない? 俺、ただの一般人だし。普通にジンでいいから」
俺が苦笑いしながら提案すると、セリアは弾かれたように目を見開いた。
「なっ……! 何を仰いますか! 命を救われたばかりか、このような途方もない負債ごと私を拾い上げてくださったのです。貴方様は私の絶対の主! どうか私のことは呼び捨てで、ただの剣として、手足として『お前』と顎で使ってください!」
「いやいや、そんなブラック企業みたいな扱いできないって!」
「主様が私を従者として扱ってくださらないのなら、私は申し訳なさで今すぐここで腹を切ります!」
「極端! 極端すぎるよ! って、剣を握らないで! いいよ、わかった! わかったから剣から手を離して!!」
俺は全力でセリアを止め、大きくため息をついた。
この生真面目すぎる女騎士は、俺が主として振る舞わないと逆に自分を許せないらしい。
……仕方ない。郷に入っては郷に従え、だ。この世界で生きていくための、とりあえずの『主従関係(ロールプレイ)』だと思おう。彼女を安心させるためにも、俺が腹を括るしかない。
「……コホン。わかったよ。セリア」
「はいっ!」
俺が意を決して呼び捨てにし、少しだけ尊大な態度をとってみせると、セリアはパァッと顔を輝かせた。なんだろう、尻尾をブンブン振る大型犬に見えてきた。
「明日の朝一番で、この街のポーカーギルドに向かうぞ」
「はい! もちろんです、主様!」
「まずは、お前が背負い込んだその莫大な借金を、俺のポーカーで全部チャラにしてやる」
「……っ! ありがたき幸せ……!」
感極まったように跪くセリアを見下ろしながら、俺は静かに闘志を燃やした。
ビビりで底辺の俺は、今日で終わりだ。
ここから先は、チートと知識を武器に世界を喰い荒らす――最強の勝負師の成り上がりだ。
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