テラーノベル
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朝、目を開けた瞬間から、全身が鉛みたいに重かった。
熱はない。咳もない。
ただ、体がだるい。
どこも痛くないのに、力が入らない。
(……寝不足、って感じでもないんだけどな)
純はゆっくり体を起こしたが、視界が一瞬だけ揺れた。
気のせいだと思おうとした。
でも、昨日から続いている『微小すぎる違和感』が頭を掠める。
そんな不安の中、屋敷に向かうと、権兵衛が帳簿の整理をしていた。
「純、来たのか。今日は依頼がないから好きにしていいってメールで伝えたはずだか?」
その一言に、純は心の中で安堵した。
この体調で現場に行くのは危険だから。
光子郎は書類の山に埋もれながら「純、来たか!今すぐこの資料の確認を手d…純…顔色悪いな?」と首をかしげた。
顔色。
そういえば今朝、鏡を見たとき、肌の色がほんの少しだけ薄く見えた気がした。
でもあれは光のせいだと思っていた。
「…今日は帰って寝てろよ」
「……うん、そうする」
そう言いながらも、純の胸の底には、別の考えが静かに浮かんでいた。
――このまま帰って寝ても、きっと良くならない。
不安は、昨日からじわじわと増えている。
“また気のせい”で片付けていい状況じゃない。
だから純は、屋敷を出たあと、誰にも言わずに反対方向へ歩き出した。
病院へ。
こっそりと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
診察室は静かで、機械の音だけが一定のリズムで鳴っていた。
血液検査、神経反応検査、脳波、感覚反応のテスト。
軽い体調不良ではありえない量の検査を、医師は淡々と進めた。
そして、数十分後。
医師はモニターに映るデータを見つめたまま、長く息を吐いた。
「……とても、珍しい症状です」
純の胸が小さく跳ねる。
「純さん、あなたの状態は──『存在の輪郭』がわずかに薄くなっているように見えます」
存在の輪郭? そんな単語、病気で聞くものじゃない。
医師は苦しそうに言葉を選んだ。
「非常に稀な……いえ、“極端に稀な”病でして。
正式名称は…『存在消散病(そんざいしょうさんびょう)』」
カタカタ、と純の心臓が音を立てた気がした。
「感染症ではありません。遺伝でもありません。
報告例は世界でごくわずか……統計上の発症率は 0.00001% 以下 とされています」
その数字の小ささが、余計に恐ろしかった。
医師は続けた。
「この病気は、身体そのものではなく、『個人としての存在』が少しずつ薄れていくのです。
周囲の人があなたの存在を認識しづらくなり……
最終的には、完全に忘れられてしまうと言われています」
言葉が喉で止まる。
忘れられる?
自分という存在が、世界から?
「治療法は……現在の医学では、ありません」
その瞬間、純の世界から音がひとつ消えた気がした。
医師は慎重に言葉を続ける。
「進行は非常に緩やかなケースもあります。
しばらくは日常生活に影響が出ない場合も……」
しばらくは…
つまり、いずれは
純は俯き、握った拳に力を込める。
だが指先は、いつもより弱かった。
「……誰にも、言わないでください」
「もちろん、患者の秘密は守ります」
純は立ち上がり、診察室を出た。
***
外の空気は冷たい。
でも、肌に触れる冷たさが――どこか遠い。
まるで温度が世界のほうへ消えてしまっているみたいだった。
歩きながら、純は思う。
(……みんな、いつか僕を忘れるのか)
光子郎も
権兵衛も
他のハウスも…
そして──クラウンクレインそのものが、純の名を消していく日が来る。
風が吹いた。
純の影が、少し揺れた。
その輪郭が、ほんのわずかに薄く見えたのは──気のせいだろうか?
続き⇨♡500〜
コメント
4件
やっばい、、、 ホラーやろこれは
わーお…純くんマジかよ… 続きが気になるけど…なんか怖くなってきたな…(>︿<。)