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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
「だから、もっと、こちらへ来い!」
金原がじれったそうに、櫻子へ言う。
「でも、お玉ちゃんが……」
「大丈夫だ。ぐっすり眠っている」
「……でも……」
櫻子は、お玉を、起こさない様に
小さく答える。
「でも、も、なんも、関係ねえって!!」
「そうだよ!」
「っていうか、お浜!押すな!」
ガタガタと、入口の板戸が鳴った後、お浜と龍の叫びと共に、板戸が外れ、二人揃って部屋へ転がり込んで来た。
「痛いじゃないかい!」
「うっせーよ!お浜、お前のどこが痛いだ!お前が押すから、戸まで、外れちまったじゃねぇか!」
床へ倒れ混んだ板戸の上で、お浜と龍が、転がったまま、悪態をついている。
「だから!お前達!なにしてんだっ!こんな夜更けに!」
いやいやいや、と、金原の激怒に、お浜も龍も、言い訳がましく首をふる。
「いやね、あたしらは、やっぱり、心配で」
「そうそう、櫻子ちゃんが、困っていたらいけねぇなぁと、思って……」
「何を困ることがある!そもそも、なんで、お前らは、人の部屋の前で、立ち聞きするんだっ!」
「そりゃあ、あっちの方が心配で」
お浜の一言に、龍も頷いた。
「あっちもこっちも、あるか!余計なお世話だ!」
金原は、目一杯怒鳴る。同時に、
わぁぁーーん、と、お玉が泣き出した。
「あっ、お玉ちゃんが、起きてしまったわ。旦那様が、怒鳴るから
……」
「あのなぁ、櫻子、お前が、素直に、近づかなかったからだろ!」
「で、でも、旦那様。お玉ちゃんを抱きしめて、それで、私までだなんて、お玉ちゃんが、息できなくなりますよ」
「しかしだな、また、ベッドから落ちそうになったらいけないだろう。だから、捕まえておかねば……」
そ、そうですけど、と、櫻子は、金原へ、言いにくそうに抗った。
その光景を、お浜と龍が、にやつきながら見ている。
「なるほどねぇ。キヨシ、そりゃ、無理だよ。お玉片手に、櫻子ちゃん喜ばせようなんて、とてもじゃないけどさぁ、あんた、どれだけの技をもってんだい?」
「いやいや、お浜よ!お前、聞かなかったのか!社長、櫻子って、櫻子ちゃんのこと呼んだぜっ!!あれ、これ、言ってたのによぉ!!」
龍の指摘に、お浜は、瞬間固まるが、即座に龍を見た。
「ほんとだよ!言った!呼んだよ!キヨシったら!」
きゃーと、弾けながら、転がり込んでいる板戸の上で、なぜか、お浜は、龍と抱き合って、喜びいさんだ。
その間、お玉は、ぐずぐずとくずっているが、こちらもなぜか、金原が実に手際よく、お玉の背中をポンポン叩きながら、腕の中であやし始めた。
「とにかく、出てってくれ、と、いいたいが……」
「あっ、お玉だね。龍、受け取りな!」
「おお、そうだな、やっぱり、お玉がいると、ゆっくりできねぇわなぁ」
なんとなく、調子外れの二人に、金原は眉をしかめつつ、ポツリと言った。
「柳原の珠子の縁談が決まった。結納が近いらしい。日取りは、追って知らせが入るだろう……」
珠子の名前と、縁談という響きに、櫻子は思わず金原を見る。
番付の次は、縁談……。櫻子の胸は、締め付けられた。なぜ、珠子だけが、順風満帆なのだろうかと。
もちろん、金原の家で、櫻子も、良くしてもらってはいる。しかし……。何かが、引っかかった。
「高井子爵に見初められた」
続ける金原に、龍が、ひゃあと、呆れ声をあげる。
「あの、女好きに?!こりゃ、輿入れしても、亭主の女癖の悪さに、一生苦労するぜ」
くくくと、楽しそうに笑う龍へ、金原がさらに続ける。
「そう思ってな、珠子を苦労から救ってやろうと思っている」
「キヨシ!なんだい!それ!櫻子ちゃんの敵だろっ!」
お浜が、噛みついた。
「と、言うことにせねば、色々こちらの立場が悪くなるだろう。何せ、子爵家との縁談を、結納の日にぶち壊して行くのだからな」
言って、金原は、櫻子を見ると、大丈夫だと大きく頷く。
「櫻子の仇を取る。お前らにも、何らか手伝ってもらうことになるだろう」
しっかりとした金原の口調に、それなりの覚悟を見たのか、お浜も、龍も、さっと、立ち上がり、同じく大きく頷き返した。
「さあ、面白くなる。お玉、お前にも手伝ってもらうぞ」
金原は、ぐずるお玉をあやしながら、実に楽しげに言った。