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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
そして、金原と二人でベッドに横たわっている状況に、櫻子の鼓動は高鳴っていた。
もちろん、金原は、ベッドから落ちてはならぬと、櫻子を背後から抱き締めている。
ふっと、首筋にかかる金原の吐息のような寝息からは、ほんのりと、酒の臭いがした。
櫻子は、ふと、八代に言われた事を思い出す。
──芸者遊び。
仕事の付き合いという事は、重々わかってはいるが、いつも香る石鹸《シャボン》のような物に変わり、仄かに白粉の香りも漂っている。
確かに、そうゆう場所に金原は、行っていたのだと、知らしめる香りに、櫻子は居たたまれなくなり、つい、回されている金原の腕へ手を添えた。
なぜ、その様なことをしたのか、なぜ、居たたまれなくなったのかと思うと、櫻子の鼓動は更に早くなる。
ギュッと金原の腕に力が入り、櫻子は、しっかり抱き締められた。
「……大丈夫だ。上手く行く。必ず……あんなに可愛かったお前まで、こんな目に遭わせた……あいつを、ゆるせない……」
酒の臭いと共に、金原の並々ならぬ決意が流れて来た。
どうして、そこまでと、思ってしまう金原の口ぶりと同時に、よほど疲れているのか、崩れるように金原は、櫻子の首筋へ顔をうめた。
櫻子の首筋に、人肌と共に柔らかな感触が当たった。睡眠途中の無意識からか、金原は、櫻子の首筋に口づけすると、そのまま、深い眠りに落ちていく……。
櫻子は、起こったことに声も出せず。ただ、ただ、ギュッと目を閉じる事しかできなかった。
──そして、翌朝。
早朝から、金原を起こしてはならぬと、櫻子は、そっと、回されている腕をとき、ベッドから抜け出すと、朝餉の用意の為に台所へ向かう。
すると、米が炊かれる香りが流れていた。
「龍さん!こんなに早くから!すみません、私がやらなければならないのに!」
竈から、曲げわっぱに飯を詰める龍がいた。
「あっ、櫻子ちゃん。気にしない気にしない。今日から、俺は、神宮建造の監督に出かけることになっててなぁ。弁当作りだ」
「え?でも、ご飯と……」
「梅干し。これぞ、男の弁当だ。下手にあれこれしちまうと、傷んじまうしなっ、これで、いいんだよ。と、いうか、すまねぇ、後のこと頼んでいいかい?」
ええ、と、答えながら、櫻子は、
「ちょっと待ってください」
言うと、慌てて水屋へ向かった。
「昨日の残り。鯛のあら煮。しっかり煮込んでますから、大丈夫です。この身をほぐして、ご飯の上へ……」
櫻子は、手早く、菜箸で身をほぐし、龍の詰めた飯の上へ乗せた。
「……明日からは、私が、お弁当つくりますね」
龍へ微笑む櫻子に、
「うおーー!いいのかい!櫻子ちゃんの手料理弁当だぁ!」
龍は、飛び上がる勢いで喜んだ。
じゃあ、行ってくらぁ、と、その勢いのまま、龍は、駆け出すが、はたと立ち止まり、
「櫻子ちゃん、やっと、笑ってくれたな。絶対、その方がいい。うん、可愛い!」
言うと、お勝手口から飛び出して行く。
「はあ、なんだい、朝っぱらから、龍のやつ。騒がしいねぇ」
大きな欠伸を噛み締めながら、お浜が現れた。
その後ろからは、ちょこちょこと、お玉が着いてきている。
「お、お浜さん!それ!」
「はあー!久々の徹夜は、堪えたねえ。なんとか、仕上げたよ」
洋服生地で、縫い上げた着物姿のお玉がいた。頭には、共布で作られたリボンを止めつけている。
「お玉ちゃん!よく似合ってるわ!とても、可愛らしい!」
櫻子の歓声に似た問いかけに、お玉は、あい!と、大きく返事した。
「ただねぇ、帯が、ないんだよねぇ」
確かに、腰ひもだけで、結ばれている。
「……そうだわ!すこし待っていてください!」
何か思いついたようで、櫻子は、足取り軽く部屋へと向かった。
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