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#殺人鬼
鬼霧宗作
1,017
235
教会は静かだった。石の壁に、音が吸われている。
窓の外で、風が低く鳴った。
遠くで、川の音が続いている。
神父は机に手を置き、言葉を選んでいた。
「記録は……あのように処理されております」
ホームズは答えなかった。
ただ、窓の外を見ている。
私は口を開いた。
「しかし、証言が——」
神父は小さく首を振った。
「証言は、証明になりません。
この村では……特に」
言葉は、そこで切れた。
しばらく、誰も話さなかった。
「名は、残らないのです」
神父が言った。
「……川に落ちた者は」
私は顔を上げた。
その時、扉が静かに開いた。
メレッドが入ってきた。
盆に、湯気の立つカップを載せている。
足音は、ほとんどしなかった。
彼女は何も言わず、机にカップを置いた。
その手が、わずかに止まった。
神父は気づかなかった。
ホームズも、動かなかった。
「返された、という言い方もあります」
神父の声が続いた。
「古い言葉ですが……」
その瞬間だった。
メレッドの指先が、震えた。
ほんのわずかに。
誰にも分からないほどに。
カップの縁に、指が触れたまま動かない。
水の音がした。
——夜。
——濡れた石。
——呼ぶ声。
彼女は目を伏せた。
何も言わない。
何も見ていない顔で。
やがて、手を引いた。
「……失礼いたします」
声は、いつもと同じだった。
彼女は振り返らず、静かに出ていった。
扉が閉まる。
音は、残らなかった。
ホームズは、何も言わなかった。
私は、手元のカップに目を落とした。
湯気は、まだ消えていない。
それでも、温かさは感じられなかった。
川の音だけが、遠くで続いていた。
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