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すかいお~あ@毎日投稿&猫化?
けだま15号🍓🐾໊
教会は静かだった。石の壁に、音が吸われている。
窓の外で、風が低く鳴った。
遠くで、川の音が続いている。
神父は机に手を置き、言葉を選んでいた。
「記録は……あのように処理されております」
ホームズは答えなかった。
ただ、窓の外を見ている。
私は口を開いた。
「しかし、証言が——」
神父は小さく首を振った。
「証言は、証明になりません。
この村では……特に」
言葉は、そこで切れた。
しばらく、誰も話さなかった。
「名は、残らないのです」
神父が言った。
「……川に落ちた者は」
私は顔を上げた。
その時、扉が静かに開いた。
メレッドが入ってきた。
盆に、湯気の立つカップを載せている。
足音は、ほとんどしなかった。
彼女は何も言わず、机にカップを置いた。
その手が、わずかに止まった。
神父は気づかなかった。
ホームズも、動かなかった。
「返された、という言い方もあります」
神父の声が続いた。
「古い言葉ですが……」
その瞬間だった。
メレッドの指先が、震えた。
ほんのわずかに。
誰にも分からないほどに。
カップの縁に、指が触れたまま動かない。
水の音がした。
——夜。
——濡れた石。
——呼ぶ声。
彼女は目を伏せた。
何も言わない。
何も見ていない顔で。
やがて、手を引いた。
「……失礼いたします」
声は、いつもと同じだった。
彼女は振り返らず、静かに出ていった。
扉が閉まる。
音は、残らなかった。
ホームズは、何も言わなかった。
私は、手元のカップに目を落とした。
湯気は、まだ消えていない。
それでも、温かさは感じられなかった。
川の音だけが、遠くで続いていた。