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――その爆発規模は凄まじく、ダイナマイトによるビル爆破解体が如く。
粉塵爆発――“リュートクラック・ハイリプレッション ~高粒子包圧氷塵”
エンペラーの狙いは正にこれだったのだが、その目論見は見事に嵌まった。
廃ビルは駐車場ごと瓦礫へと変え、普通に考えて生存者は居ない――が。
瓦礫の中から弾けるように浮かび上がる光球。
「あっぶねぇ……何て無茶しやがんだあの野郎!」
「奴は何処に!?」
時雨の声と、それに続く薊の声。
全員があの爆発から無事だ。
雫が咄嗟に展開した『マイナス電磁波フィールド』により、爆発の余波を防いでいたのだった。
全員無傷だが、エンペラーの姿は何処にも見えない。
「亜美お姉ちゃんは!?」
そして何より、亜美の姿も見えない。
「亜美? 何処だ亜美ぃぃぃ!」
まさか爆発に巻き込まれたのか。否――電磁波防御は視界全域に及んでいた筈だと、雫は彼女の姿を探すが何処にも居ない。
雫にとって今はエンペラー処ではない。亜美の安否こそが最優先。
雫はこんな形で彼女を裏に巻き込んでしまった事を悔いた。何故彼女が此処へ来た事も。
だが今はそれを考えている余裕はなかった。
「おい上だ!」
時雨の声により、その方角――居た。
正面の雑居ビル、その屋上にエンペラーの姿が。
「亜美っ!?」
彼だけではない。そこには亜美の姿も。
「亜美お姉ちゃん!」
亜美はエンペラーの両腕に抱えられながら、気を失っているようだった。
「テメェ雪夜ぁ! その子は関係無い、彼女を離せ!」
雫はらしくもなく叫んでいた。亜美が敵側の手の内に在るという事に、取り乱しているといっていい。
「雪夜ではなく『エンペラー』と呼びたまえ幸人」
それを嘲笑うかのように、屋上で亜美を抱いたまま見下すエンペラー。
「それに――彼女を返す訳にはいかないな。これは運命なのだよ……」
そう彼は腕下の亜美を見て取る。
エンペラーは亜美を解放する気は無い。
だが危害を加えるとも、人質にするつもりとも違う。
「……やっと逢えたね――」
その小さな囁きは目下には聞こえなかったが、エンペラーの亜美を見る表情は、何処か慈愛に満ち溢れている気もした。
“えっ? なんだろ……あの人の亜美お姉ちゃんを見る目”
勿論、その変化に気づいたのは悠莉一人。
「訳分からねぇ事言ってんじゃねぇぞテメェ!!」
今の雫にはそんな変化等、知るよしもない。
「おい冷静になれ馬鹿。らしくねぇぞ?」
飛び掛からんとする雫を制止する時雨もそう。
「時雨の言う通りだ。戦闘は冷静さを欠いた者から死ぬ……。だが奴をこのまま逃がすつもりもない――囲むぞ」
薊といい、エリミネーターである彼等にとっては、一般人の事より目標殲滅を最優先。
「お前は隙を突いて彼女を取り返せばいい」
だが雫の心を汲んだのか、薊はエンペラーの撃破は元より、亜美の保護への配慮も忘れなかった。
「くっ……分かった。済まん」
雫もようやく冷静に、そして納得。
何より先ずはエンペラーを何とかせねばならない。亜美は彼の手の内に在るのだから。
三人は同時に跳躍し、屋上のエンペラーを取り囲む。そして隙を突いて雫が亜美を救出――。それが三人が明確に打ち合わせる事なく判断した、この場で取りうる最善の策だった。
「残念ながらタイムアップだよ」
だが突然、それを見越したかのようなエンペラーの通告。
「テメェがな!」
構わず時雨が先陣を切って跳躍しようとした瞬間、それは阻まれた。
「――っな!?」
踏みとどまったのだ。薊も雫もそう。
“新手か!?”
何時の間にかエンペラーの両側には、ネオ・ジェネシスの証でもある純白のフードを纏った者が二人、彼を援護するかのように現れていた。
「ちっ……」
三人は計算外の事に立ち竦む。
エンペラーだけで手を焼くというのに、戦況は三対一から三対三へ。僅かに有利だった彼等の人数による利は覆された。
そして何より――エンペラーの両脇に居る人物。これが只者ではない処か、エンペラーにも匹敵するかも知れない二人であろう事は、その存在感から誰もが肌で感じ取っていた。
それが分かったからこそ、二人の突然の出現に戸惑ったのではなく、躊躇していたのだ。
下手に攻めれば此方が殺られる事に。
「よく来てくれたね――コード『ハイエロファント』、そしてコード『チャリオット』。君達が来てくれなかったら、少々厄介な事になる所だったよ」
エンペラーは現れた二人へと、労いの言葉を掛けた。
「当然の事……」
「我等は常にエンペラーと共に在ります」
二人もそれに応える。声帯からコード『ハイエロファント』は男性。コード『チャリオット』は女性のようだった。
「ちっ!」
“化け物共め!”
三人は身構える。厄介な状況になったのは間違いない。
大アルカナ、『HIEROPHANT(教皇)』と『CHARIOT(戦車)』。エンペラーと同じ大アルカナとなれば『ネオ・ジェネシス』の中核にして、言動から彼の側近でも在るからだ。
「ありがとう。君達の忠義、痛み入る……。さて――これで三対三か。このまま彼等を“捻る”のは簡単なのだけど……」
エンペラーは援護に駆け付けた二人へと礼を述べ、目下の三人へと目を向けた。
「…………」
ハイエロファントとチャリオットの二人も目下へと向き直り、フードを剥ぎ取り素顔だけを露にしていく。
「――なっ!?」
その素顔に驚愕したのは二人。
「かっ……崋煉(カレン)さん!?」
時雨はコード『チャリオット』の素顔へ。
「蕾迦(ライカ)……」
そして薊はコード『ハイエロファント』の素顔へだ。
コード『チャリオット』は長い黒髪の女性。瞳こそ黒のままだが、その美しさは琉月にも通じるものが。
コード『ハイエロファント』は、地毛であろう栗色の髪が特徴の男性。盲目なのか瞼は常に閉じていた。
そして共通しているのは、時雨と薊が二人を別名で口にした事から、彼等は明らかな顔見知りであるという事。
「皮肉な運命だね……。かつての同僚同士が、こうして敵対しているなんてね」
エンペラーの言う事が正しければ、この二人も“元”狂座。それも格的にも現在のSS級と同等か、それ以上。先程のは二人のかつてのコードネームだったのだ。
「もう一度言う。出来れば君達も此方に来て欲しいのだが。かつての同士で殺し合う事程、哀しい事はない。君達の心意気一つで、全てが万事解決なのだよ?」
「何言ってやがる! クーデターの何処が万事解決だ!? それで俺らが『はい分かりました』とでも言うと思ったのかよ?」
人数の利を得たエンペラーは、再度彼等を此方側へと促したが時雨は一蹴。やはり彼等の答は変わらないのだ。
「ふふ……相変わらずね、あの子も」
チャリオットはそんな時雨を、何処か懐かしそうにエンペラーへと耳打ちした。
「そうだね。人は成長しても、芯は変わらないものだよ。――でも何のつもりかな? この状況で闘って、君達に勝ち目があるとでも?」
それは最終警告の顕れ。実質的三対三だが、その意味合いは大きく違う。彼等との間にはそれ程の戦力差が在る事を、エンペラーは暗に脅しているのだ。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ! 力ずくでもテメェから亜美を取り返す。いいからさっさと始めるぞ」
雫は完全にやる気だ。それ程に状況も戦況も見えていない。
「冷静になれ……と言いたい所だが、この状況ではそうも言ってられんな。此処で全てのケリを着けるか」
逸る雫を止めようと思われた薊だが、彼もその思いは同じ。『ネオ・ジェネシス』側へ行くつもりも、彼等を避けるつもりもない。
「エンペラー。これ以上の平行線は無意味だ。彼等は我等の障害として、早急な排除を奨める」
三人の戦闘意向に、それまで無言を貫いていたハイエロファントが、明確に彼等との戦闘をエンペラーへ進言した。
「そうだね……勿体無いけど、それも仕方無いかな――」
エンペラーも同調する。それを受けて今ここに、かつてと現在の狂座のトップ同士の決戦が始まる。
「しかし此処では彼女を巻き込む恐れがある。ここは一先ず退くよ」
――と思われたが、意外にもエンペラーは撤退の意向を示した。
それは彼女――エンペラーの腕で眠る、亜美を思っての事。
「そういう事でしたら……」
ハイエロファントも、すぐにその意図を汲み取った。