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#大衆食堂
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新橋の貸座敷、宝来亭の一室では、高井子爵家と柳原家の面々が、運ばれて来た祝膳を前に神妙な面持ちで座していた。
「……では、滞りなく事も運び……、祝い膳の用意も出来たようですし……」
仲人らしき男が、ちらりと珠子を見て催促する。
珠子も、心得ているとばかりに頷くと、立ち上がり歩み出た。
紅色に、様々な吉祥模様と金箔が散りばめられた、友禅染の振り袖姿の珠子は、仲人の男に示されるまま、用意されている酒の入った銚子を手にする。
そして、高井子爵家の皆へ、酌をしようと進み出たその時……。
「いやぁー、めでたいでやんす!」
「こりゃまた、本日は、お日柄もよろしいようで!」
二人組の太鼓持ちが、乱入して来た。
「明さん!なんですか?!」
神経質そうな、小柄な婦人が声をあげる。
「ああ!来たか!」
高井子爵は、顔をほころばせ、
「母上、別件がございまして」
などと、かしこまった。
実はと、子爵が言いかけるが、それは軽やかな声に塞がれ、場に集まる皆は一斉に部屋の入り口へ目をやった。
「この度は、高井子爵様には、ご結納、おめでとうございます。そして、もったいなくも、私までも、お世話頂けるとのこと。皆様、どうぞ、よろしくお願いいたします」
羽織姿の亀松が、三つ指をついて、挨拶していた。
「亀松!来てくれたか!」
子爵は亀松を手招くが、すかさず、太鼓持ち二人がしゃしゃり出て来る。
「亀松姐さんの、大出世!」
「いやー!ここは、あちきらの舞のひとつでも!」
それっと、威勢よい掛け声と共に、何処にいたのか、三味線を持った鳴り物達が、どっとなだれ込んで来る。
「明さん!」
子爵の母らしき婦人が声をあげ、続いて、しおらしげに勝代が高井子爵へ事情を問うた。
「あの、子爵様……これは、いったい?」
渋い顔をしつつ、勝代が言葉を発した時、
「あら、これはこれは、勝代姐さんじゃあないですか。まあ、なんて偶然でしょう。見ての通り、この度、子爵様に身請されましてね。姐さん同様、私も、芸者の身を引かせて頂くことことになりました」
ふふふ、と、亀松が笑った。
とたんに、場はざわつく。
「なんなの!これ!」
珠子が、たまりかねるとばかりに、叫ぶ。
その叫びに答えるよう、ははは、と、男の高笑いが響き渡った。
「いや、これは、少々、遅れてしまったようで。失礼!」
櫻子、お玉を引き連れた金原が、満面の笑みを浮かべ立っていた。
「金原君、いったい?!まあ、いいよ!めでたい席だ、君も一緒に……」
突然現れた金原に、高井子爵は、不思議そうに言うが、視線は、金原の後ろに控える櫻子に定まっている。
「しまったなぁ。妻の実家の祝い事に、馳せ参じたまでなんですがね、やはり、遅れたのは、まずかったか」
とぼける、金原に、高井子爵は、意味が掴めずと、ぽかんとしている。しかし、集まっている両家の面々は、一気に、ざわめきだった。
「明さん、少々おふざけが過ぎるのではないですか?そして……」
子爵の母は、落ち着き払っているが、我が息子の身勝手ぶりに、怒り心頭なのか、能面のような冷えた面持ちになっている。
そして、珠子へ視線を向けると、一言。
「……あなた、珠子さん、だったわね。人前で、そんなに声をあげて、はしたないと思わないの?これだから、商家の娘は……」
嫌み口調で、珠子へ釘をさした。