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俺たちは先程、伊織の指し示した方角へと歩きながら、街を目指していた。
「いえ、それほどでも……。夜には星座を追うという方法もありますが、こちらの世界と私たちの世界では、星座の位置は当てにならないと判断したので。まだ日が登っている間で、本当に良かったです」
「確かにな。まだこの世界について、分からないことだらけだからな……俺たちの世界と同じという考えや常識は、多少捨てた方がいいよな」
俺と伊織は道を間違えないように、地図を慎重に確かめながら話す。
一方、妹とセージはというと。キミーの伸ばした枝に腰をかけながら、実に楽しそうに会話をしている。普段は引きこもっている妹が、こんなにも楽しそうに……しかも初対面の人と打ち解けるのが早いのは、セージの人柄の良さのおかげだろう。キミーも二人を乗せながらどこか嬉しそうに、俺たちの少し先を歩きながら、歩幅や速度を合わせて歩いてくれている。
「正直言うとさ……俺とヒナだけだったら、きっとココらで何も出来ずに、ゲームオーバーだったよ。マジでイオがいてくれて助かった。ありがとうな」
伊織はパチクリと驚いた顔をすると、ふいっと顔を逸らし「いえ……私は、大したことはなにも……」と小声で言った。この幼なじみ、素直ではないが照れると耳が赤くなる癖がある。クールに見せているが、本当は照れてるのだろう。
俺が笑いながら伊織の頭を「ぃよーしよしよしよしよし!!」と掻き撫でると、不服そうに睨まれた。
それでも構わずやっていると「ちょっ……子ども扱いしないでください!」と怒られた。
だが、何だかんだで本気で抵抗してこないあたり、本心では嫌じゃないのだろう。素直じゃないなぁ……おーよしよし、ぃよーしよしよしよしよし。
……まぁ、そういう所がこの自慢の幼なじみの、可愛い一面の一つだ。
俺が一通り満足して手を離すと、少し恥ずかしそうにくしゃくしゃになった髪を手ぐしでなおし始める。まったく、可愛いヤツめ……また隙を見つけてやってやろ。てか、絶対やる。
「ヒロくーん、イオー。なんか楽しそうな話してるのー? ねぇー、私も混ぜてよー!!」
妹はまるで鉄棒に足をひっかけるように、枝に膝をひっかけて、ぶらーんとぶら下がりながらこちらを見る。
「別に、面白い話なんてしてねーよ。てか、危ねーからそれやめろ! あと、腹見えてんぞー」
「ぬっ! ヒロくんのえっち〜!」
妹はどこも恥ずかしげもなく枝に座り直すと、膝丈近くあるブカブカのTシャツをポンポンと、軽く叩いて元に戻した。
「あの、ヤヒロさん……。ヒナには、その……もう少し、女性としての意識を持たせた方が、いいのではないでしょうか?」
「それは兄貴である、俺としても同感だ。……しかしあの妹が、それを素直に聞くと思うかね?」
伊織は地図で顔を隠しながら「思いません……」と、恥ずかし気味に言った。
ウチの妹も伊織程ではなくとも、少しは見習ってはくれないだろうか?
「『女子力』って何かねぇ〜。俺は男だから、サッパリ分からん」
「まぁ『女子力』と一括りに言っても、価値観は人それぞれでしょうし。せめてヒナも同年代や年頃の女性のように、羞恥心を持ってくれれば……少しは変わるのでしょうが」
「あの引きこもりにそれがあったら、こっちも苦労しねーよな」
「全くもって、同感です」
妹の将来を考えると、不安しか湧いてこない俺と伊織は、同時にため息を着く。ふと、それが可笑しくて、二人して笑い合う。
「ねー! やっぱりなんか、二人で面白い話してるでしょー! 私も混ぜてったらー!!」
振り返りながら妹は頬を膨らませ、手足をジタバタさせては、不満そうにこちらを見ている。
「今後の方針について考えてんだよ! お前の学力が落ちないように、こっちでも伊織先生がビシバシと鍛えてくれるってさー!!」
「そうですよー、ヒナ。現実の世界に戻ってから、赤点で補習なんて……私の家庭教師としてのプライドが、許しせんよ!」
「ひゃ〜! 異世界まで来て、勉強は嫌だー!!」
妹の叫び声が森中に響く中、ようやく森の終わりが見え始めた。
「あ、見えました! あそこが僕が言ってた街です!!」
セージが遠くを指さして、俺たちに報告してくれる。どうやら、伊織の読み通りだったようだ。さすが伊織、略してさすイオ。
森の終わりが近づくにつれ、異世界に来たのだという実感と、高揚感が溢れ出す。
(一体どんな街なんだ? ゲームのチュートリアルなら、大抵は小さな村スタートとかだけど……)
ここに来るまで、俺の知ってる異世界転移のテンプレ要素が全くなかったため、あまり期待できないが……。諦めなければ、きっといい事があるかもしれない。
そうだ、前向きに考えよう。俺は俺自身の、日頃の行いを信じる。先生、俺は異世界で冒険がしたいです!
あと少しで、森を抜ける。