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夕方の相談室。
蛍光灯の明かりが少し白すぎて、空気が張りつめているように感じた。
ドアが開いて、小さくノックの音がする。
「……入っていい?」
「ん。どうぞ」
日下部は机の上のノートを閉じた。
入ってきたのは同じ学年の男子だった。制服の襟を少し崩して、視線は床のまま。
「なんか、どこにいても浮いてる気がしてさ」
「浮いてる?」
「うん。クラスでも、家でも。話してても、みんなちゃんと楽しそうなのに、俺だけ温度合わないっていうか。
“そこにいるだけ”って感じ。別に嫌われてるわけじゃないのに、なんか……しんどい」
日下部は少し考えてから、椅子の背にもたれた。
「……わかる」
相手が顔を上げた。
日下部は、淡々と続けた。
「俺もそういう時ある。
“ここに自分の席ある?”って思う瞬間。
みんな笑ってんのに、自分だけガラスの外にいる感じ」
「……そう。まさにそれ」
「無理に合わせようとすると、余計疲れるんだよな。
だから俺は、もう“居場所”って無理に作るもんじゃねえと思ってる」
「え?」
「誰かの輪に入るとか、グループに属するとかじゃなくてさ。
“自分が少しでも落ち着ける時間”があるなら、それでいいと思う。
たとえば、放課後この部屋に来てぼーっとしてるとか、
帰り道にイヤホンして歩くとか、そういうちっちゃいとこでいい」
男子は少し黙って、カーテンの隙間から外を見た。
空は薄暗く、グラウンドの方から吹奏楽部の音がかすかに響いてくる。
「……それ、居場所って呼べるのかな」
「呼べるだろ。
誰かに認められなくても、自分が息できる場所なら、それでいい。
それすら無理な時は、ここに来ればいいし」
その言葉に、男子はふっと笑った。
「……お前、優しいな」
「違う。めんどくさいのが嫌いなだけ」
「はいはい。照れんなよ」
日下部はむすっとして顔を背けた。
けど、その表情はどこか柔らかかった。