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私の名前は竹咲美良。二十歳になったばかりだ。

今は清掃業者に登録して、派遣された場所で働いている。

今日もキャンパスを行き交う学生たちの笑顔が眩しい。

そう感じるのは、ちょっぴり羨ましいから。

両親は私が高校生の時に不慮の事故で亡くなった。

私が十八歳になって間もない時だった。

ほんの数か月前には「今日から成人だね」「振袖姿を見るのが楽しみ」なんて話をしていたのが、遠い昔のことのように感じた。

その日以来、私の人生は変わってしまった。

大学進学を目指して受験勉強をしていたけれども、断念した。

すっかり意気消沈してしまって、頑張って勉強しようという気力が起きなかった。

友達や周りは浪人と言う手もあると励ましてくれたけれど、夢に向かって頑張ろうという意欲がこの先戻るとも思えなかったし、両親が残してくれた保険金等の貴重な財産を無駄なことに使うような気がして、働くことを選んだのだ。

「ふぅ、終わりっと」

午前の清掃を終えて休憩に入る。

さっと昼食を済ませて、ユニフォームを脱いで私服に着替えた。

前回はユニフォーム姿だったのにそうしたのは、なんとなく教授さんの貫禄ある毅然とした姿を思い出してだ。

とは言っても安物のスカートにカットソー。

でも勝負服と言うか、パステルカラーがお気に入りのデザインで、人に会う時にいつも着るコーディネートだ。

これから、貸してもらった絵本を返しに教授さんのところに伺う。

絵本は本当に素晴らしいものだった。

可愛い動物に綺麗な装飾。

眺めているだけで満足だったけれど、もちろんお話も楽しみたいから英文は自分で翻訳した。

可愛いお話だった。

女の子が動物たちと冒険を繰り広げながら色んな体験をして、最後に幸せになるお話。

訳を進めるたびに広がっていく世界に、私も女の子と一緒に冒険をしているような気分になった。

家族を失ってすっかり広くなってしまった家で一人で暮らす私に束の間与えられた、幸せな時間。

それを与えてくれた教授さんには、感謝の気持ちで一杯だった。

藤沢聡一朗。

図書館の受付の方に尋ねたら、それがあの教授さんの名前だと教えてくれた。

部外者が怪しまれないかと思ったけれど、どうやら私を学生だと思ったらしい。

研究室の場所も教えてくれた。

聡一朗さんの研究室は、休憩室から歩いて十分はかかる棟にある最上階の場所だった。

それを知って私は緊張を覚えた。

最上階を使う教授さんはみんな学内でも影響力のある著名な方々ばかりで、失礼が無いようにと清掃もベテランしか入れないようになっている。

見た限り三十歳前後に見えたけれど、実はすごい人なのかもしれない。

そんな人に私のような人間がのこのこ訪ねて行っていいのか……。

と尻込みするけれども、どうしても直接お礼を伝えたかった。

部外者の私に本を貸し与えてくれた方だ。

突然訪れても受け入れてくれるだろう。

ほんの少しでも感謝の気持ちを伝えればいい。

初めて足を踏み入れた棟の最上階は、さながら高級ホテルのような内装だった。

カーペットも事務的な無地じゃなくて華やかな柄模様。

廊下に生花が活けられているところも違う。

汚れひとつなく磨き上げられた窓からは都内を一望できて、本当にホテルのようだ。

七〇五号室 藤沢聡一朗。

名札を確認して、一呼吸。

そっとノックすると、「はい」と硬質な声が聞こえた。

一週間前に耳にした、あの低くて落ち着きのある声だ。

聞いた瞬間、胸がドキドキしてきゅっと痛くなる。

「お忙しいところ失礼いたします。学生の者ではないのですが、お返ししたいものがあって参りました」

と扉越しに伝えたけれども、なんてか細い声。

聞こえたかな、と不安になっていると、ガチャリと扉が開いた。

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