テラーノベル
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あの毅然とした高身長の姿が現れた。
今日は高そうなネクタイを締めて、エリート会社員が着ていそうなグレイのベストで身を固めている。
理知的な端正な顔は、少し驚くような表情を浮かべて私を見下ろしていた。
大学教授としても十分貫禄があるけれども、どこか大きな会社の経営者と言われても違和感がない。
そんな凛として惚れ惚れするような存在感があった。
私はすっかり動揺してしまって、しどろもどろになりながら口を開いた。
「あ、あの、この間は困ったところを助けていただき、ありがとうございました」
ひゃーなんだその言い方……! 恩返しに来たわけじゃないんだから! と内心であたふたしている私とは対照的に、聡一朗さんはいたって冷静でいる。
冷静過ぎて反応がない。
私は不安になって続けた。
「あ、あの覚えていらっしゃいますか、本を貸していただいた」
「ああ、もちろん覚えているよ」
「よ、よかった」
ただの怪しい女に思われずにすんだ。
「本は役に立ったかな」
「はい、楽しく読ませていただきました」
「確か英語だったと思うが、訳して読んだのかい」
「はい、どうにか」
「それは感心だ」
聡一朗さんはふっと口端を上げた。
微かな反応だったけれど嬉しくなって少し勇気が出た。
「あ、あのこれ、つまらないものなんですが」
私は手にしていた紙袋を突き出した。
「これはなんだい?」
「私が作ったクッキーです」
「……」
無言の返しに一気に焦りが押し寄せる。
ああやっぱり手作りクッキーなんて野暮ったかったかなぁ……!
「う、うち洋菓子店を営んでいたんですが、そこで私もクッキーを作って出してて。結構評判が良かったので……。私が用意できるお礼といったらお菓子くらいだったんですけれど、一流大学の教授さんだからきっと高いお店のお菓子に慣れているだろうなと思ったら、どれにしようか悩んでしまって、自分の作ったものなら捨てられても別にいいかと思って……ごめんなさい、本当につまらないもので」
一気にしゃべったけれども、もうなにを言っているのか自分でも分からなくなってきた。
こんなエリート教授先生にお渡しするのが手作りクッキーだなんて、考えてみたら失礼にもほどがある。
なんでこんなものを持ってきてしまったんだろう、と穴に入りたい気持ちになっていたけれども、
「ありがとう、いただくよ」
聡一朗さんは受け取ってくれた。
「では私はこれで。本当にありがとうございました!」
と、逃げ出すように去ろうとしたけれど、
「あの君、ちょっと待ってもらっていいかな」
なんと聡一朗さんが引き留めてくれた。
思わぬ展開に戸惑っていると、聡一朗さんは部屋の奥に戻り、一冊の本を手にして来た。
それに私は目が釘付けになる。
この間一緒に見惚れていたもう別の絵本だった。
「よかったら、これも読むといい。また私に返せばいいから」
「……」
「次回はお礼はいいよ。君の向学心に役立ててほしいだけだから」
「ありがとう、ございます……」
遠慮するべきなのに、私はつい引き寄せられるように絵本を受け取ってしまった。
だってこれも本当に素敵な装飾で、しかも貸してもらったものと同じ作家さんだったんだもの。
すっかり気に入ってしまって、この方の作品をまた読みたいと思っていたところだったから。
「うれしいです、ありがとうございます」
私は絵本をぎゅうと抱きしめて、笑顔でお礼を言った。
ああなんだか嬉しくて泣きそうだ。
きっと今、泣き笑いの変な表情になってしまっているに違いない。
けれども、そんな私を見つめる聡一朗さんの表情は柔らかかった。
「こちらこそクッキーをありがとう。……味の感想は、次回で伝えてもいいかな」
「はい! お口に合うといいのですけれど」
「甘いものは嫌いじゃないよ」
「ならよかった! じゃあまた近いうちに」
「ああ」
素敵な大学教授様との再会は、笑顔で終えることができた。
しかも、また会えるなんて……。
そんな喜びが私の胸をさらに弾ませていた。
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