【常世の夏祭り・下】
「凄ェ……!!」
中也が目を輝かせながら声を上げる。
其処には様々な屋台が並んでおり、美味しそうな匂いと、祭りの雰囲気を際立たせる燈色の提灯が辺りを照らしていた。
祭り自体は何も変わらない。
然し、全員妖怪だ。
「オイ太宰!何だあれ!?」
太宰の袖を引っ張りながら、中也が指をさす。
中也が指差した方に、太宰は視線を移した。
割り箸を纏うフワフワした雲────綿菓子が、屋台の台の上に幾つも目立たせるように乗っている。
「あぁ、アレは綿菓子だよ」
「わたがし…?」
「そう」
太宰は中也の手を引いて綿菓子の屋台へと近付き、一つ買った。
「私達の時代には存在していないが、此処は過去と未来が混濁した場所だからね」
膝を少し曲げて大宰は中也に綿菓子を出す。
「だから未来の食べ物が食べれたりできるのだよ、此の綿菓子みたいにね」
「よく判んねェ…?」
「簡単に云えば、此処でしか食べれない珍しくて美味しい物が食べれると云う訳さ」
「凄ェな!」
そう云って、中也は太宰から綿菓子を受け取り、パクッと食べた。
───パチッ──────────シュワッ
口内で綿菓子が溶け、甘さが全体に広がった。
「っ!」
中也の表情がパアッと明るくなる。
太宰はそんな中也を見て微笑しながら「如何?美味しいかい?」と聞いた。
その言葉に強く頷きながら、中也は綿菓子を食べ進める。
「ふふっ…」
嬉しそうに笑みをこぼした大宰は、中也の手を優しく引っ張って歩き出した。
綿菓子に夢中になりながら、中也は太宰の手を握って、ゆっくりと歩く。
「却説、綿菓子に夢中になる程おこちゃまな中也君にはチョコバナナを買ってあげよう」
『おこちゃま』の部分を強調して、太宰が云った。
「チョコバナナ!?何だソレ美味そう!────じゃねェッ!誰がおこちゃまだ!?」
目を輝かせて興味津々な言葉から一転、中也は怒鳴り声を上げた。
ゲシゲシと痛々しい音を立てて、中也が太宰の脚を蹴る。
「ちょ、痛ッ!痛いって!弁慶の泣き所だから!」
太宰がスネの部分を抑えながら云った。
「ほら!其処にチョコバナナの屋台あるし!」
まるで中也の意識を自分から逸らすように、少し奥の方にある屋台を太宰は指差す。
中也は勢い良く屋台に視線を移した。
「チョコバナナ!?」
パアッと中也の表情が明るくなり、屋台の方へ走り出す。
「凄ェ!バナナに何か、かかってる!」
初めて見る物に中也はキラキラと目を輝かせた。
「美味そ──────────ハッ!」
中也の言葉が途切れる。ある事に気付いたのだ。
何処か小刻みに震えた躰で、中也はゆっくりと振り返る。
「っ……!」
中也の顔が青ざめた。
其れもその筈、中也はチョコバナナにテンションが瀑上がっているのを、太宰に見られたのだ。
しかも振り向いて見ると、太宰は聖母がするような、柔らかく優しい笑みを浮かべていた。
「なっ//何だよ!!何か云いたい事あるなら云えよ!その顔止めろッ///!!」
湧き上がる羞恥心を抑え込みながら、中也は太宰の方へ声を張る。
「何も云う事なんてないよ」
笑顔を保ちながら、顔を赤くする中也の隣に太宰は立った。
「ほら、色んな種類があるじゃないか。何が欲しいんだい、中也?沢山買ってあげるよ」
「うぅ…………く、そォ……ッ///」
矢張り子供らしい一面を恥ずかしがる中也の隣で、太宰は小さく微笑したのだった。
***
「ね、ねぇ……中也」
何処か震えた声で、私は中也の名を呼ぶ。
「ん?」
りんご飴を口いっぱいに頬張りながら、中也は私の方を振り向いた。
「沢山買ってあげるとは云ったけどさぁ………」
少しの呆れた視線を中也に向ける。
「食べ過ぎじゃない?“太る”よ?」
「ゔぐッ!───────ゲホッゲホゴホッ!!」
中也が咳き込む。
私は中也の咳と呼吸が整うのを待った。
「はぁ……はぁ……べっ!別に此れくらいで太らねェよ!!」
失礼な事云うな!、と中也が付け足して私を軽く睨む。
「はぁ………」
溜め息を付いた。
私達が今まで巡った屋台は、
・綿菓子
・チョコバナナ
・焼きそば
・たこ焼き
・ラムネ
・焼き鳥
・かき氷
・イチゴ飴
・りんご飴
──────と、殆どが食べ物類であり、全て中也が食べた物である。
人間界では金銭で商品を買うが、私達妖怪の間では物々交換が普通である。
交換品の残り数などの心配は特に無いが、只単に中也が物凄く食べている事に驚いた。
「お腹一杯にならないのかい?」
「まだ腹八分目だ」
何処から来るか判らない自身を持ちながら、中也はドヤ顔で云う。
「ドヤる所じゃないし、ていうか普通は其処で止めるのだよ…」
「そうなのか?」
首を傾げて、中也は一口りんご飴をかじった。
私は再び溜め息をつく。
────本当に、何処まで似てるんだか……。
刹那、瞼の裏に青色の宝石が映り込む。
思わず追憶をたどった。
その青色の宝石──────否、“中也”の瞳が、祭りの提灯の光を吸い込むように、くっきりと浮き出る。
数百年前、私と“彼”は祭りの屋台巡りをしていた。
「そう云えば、あの時も凄く食べてたなぁ」
ボソリと私は呟く。
「結局交換するもの無くなって最後の方私が払ってあげたし、帰り道で酔っ払って他の鬼に喧嘩ふっかけるし」
瞼を閉じ、追憶に思いを馳せながら、私は溜め息をついた。
然し、只の溜め息ではない。
「まぁでも────────楽しかったな」
そう呟くと、自然と口元が緩んでいた。
「太宰は前にも此処に来た事あるのか?」
急に中也が聞いてきた。
「えっ……」
思わず声をもらす。
「否、買ってあげたって云ってたから、誰かと来たのかと思ってよ」
中也は首を傾げながら云った。
目を見開いて、私は口元に手を寄せる。
(真逆、声に出てた……?)
ふと中也の方に視線を移すと、中也が子供らしいあどけない表情で首を傾げていた。
光の追憶と面影が、中也に重なる。
「…………嗚呼、前に知り合いと此処に来てね」
今の心境が悟られぬよう、私は顔に笑顔を貼り付けた。
「君みたいに佳く食べ─────────っ!」
私は“或る違和感”に気付いて、言葉が途切れる。
視界が黒にもやに覆われていった。
ミタイ…?
何を云っているんだ私は?
今、目の前に居る彼が“中也”みたいなのは当たり前じゃないか、
だって生まれ変わりなのだから。
あれ?じゃあ何故私はミタイって………。
うん…?上手く言葉に表せない………。
「太宰?如何かしたか?」
中也が首を傾げながら私の顔を覗いてくる。
再び、光を纏った追憶と面影が中也に重なった。
「…っ………なん、でもない…ッ」
そう云って、私は中也の手を掴んで歩き出す。
「ぉ、オイ…太宰ッ」
彼と話す度に脳裏をかすめるのは、まるで青色の宝石を吸い込んだかのような瞳を持つ君なのだよ、“中也”。
「太宰っ…!」
中也が私の手を引っ張った。
刹那、自分が中也の手を無理やり引っ張るようにして歩いていた事に気が付く。
「大丈夫かよ……?」
顔を曇らせて、中也は私に聞いてきた。
中也の黒色の瞳に、薄っすらと青い宝石が映り込んだように見える。
実際はそうではない。
そう見えてしまうのだ。
れいの光を纏う追憶と面影の所為で────。
「っ………」
私は中也に判らないよう歯を食い縛った。
顔に笑顔を貼り付ける。
上手く笑えていなく、引きつっている感じがした。
「嗚呼……大丈夫だよ…」
私は今、どんな顔をしているのだろうか?
判らない。
だって君の青い瞳は、もう私を映してくれないから。
──────あれ?
映してくれないのなんて当たり前じゃあないか。
だって彼は“中也”じゃない。
ん?此れじゃあ先刻と云っている事が矛盾してしまう。
結局私は、何が云いたい?
「太宰……?」
中也が私の顔を覗き込んできた。
れいの追憶と面影が、私の瞼の裏をかすめる。
拳を固く握りしめた。
***
「はぁーっ……屋台の飯、全部美味しかったな」
現世に戻って来た中也は、背伸びをしながら息を吐いた。
夏祭りへの光の入り口が霧消する。
私はぼうっとしていた。先程の矛盾についてずっと考えていたのである。
「なァ太宰、手前先刻から何か変だぞ?」
中也は私の方を向いて、首を傾げながら聞いてきた。
少し肌寒い夜風が、私の頬を撫でる。
口を開いた。
「そんな事はないよ。其れより中也、夏祭りは如何だった?」
話を切り替える為にした私の質問に、中也は満面の笑みで答えた。
「すっげぇー、楽しかったぜ!」
顔を出した満月の光が、中也の笑顔を照らす。
矢張り君は、月が佳く似合う。
私の眼の前で煌めきと揺らめきが起こった。
「ありがとな、太宰っ!」
如何しても、れいの光を帯びた面影は、絶え間なく彼に重ねられる。
全部此の頭が悪いんだ。
私は望んでないのに。
________本当に?
自問。
若し望んでないのならば、ソレは起きない。
私は彼と話をしていながらも、
誰か別のヒトを見ているようであった。
哀愁の香りが鼻腔を彷徨う。
唇を固く閉じた。
「………どういたしまして」
私は再び、れいの引きつったような笑みを浮かべた。
嗚呼、私は──────────
私は─────────誰を見ているのだろう?
【七夕の願いと追憶。】
「っ……」
ゆっくりと、中也は瞼を開ける。
見慣れた天井が映った。
中也の脳内が目覚め切った瞬間。
「やべェ!寝坊したッ!!」
勢い良く起き上がる。
「悪ィ太宰!今直ぐ朝食つく────っ!?」
隣を見て、中也は目を見開いた。
「……えっ」
思わず口先から声をこぼす。
其れも当然。何時もならぐっすりと眠っている太宰の姿が、なかったのである。
そして布団までも綺麗に畳んであった。
「太宰……?」
何処か震えた声で、中也は彼方此方見渡す。
然し寝室は静まり返っており、ヒトの気配はしなかった。
中也もいよいよ焦りだす。
「だ、……太宰ッ!」
寝間着がはだけた儘、中也は勢い良く立ち上がって縁側の障子を開けた。
──────誰も居ない。
「だ……ざい…?」
刹那、何処からか中也の名を呼ぶ声が聞こえる。
中也は振り返って耳を澄ました。
「──ぅ───やぁ────ち─ゅ───」
「っ………」
眉をひそめながら、中也は聴覚に神経を注ぐ。
「ゃ────中也!」
目を見開いて、中也は声が聞こえた方へと走り出した。
「太宰ッ!!」
玄関の扉を勢い良く開ける。
視界に入ったモノに、中也は目を疑った。
「……さ……………………笹?」
中也が呟く。
目の前には、大きな笹が倒れていた。
「ぅ……中也……………」
呻き混じりの声で、太宰が中也の名を呼ぶ。
太宰の声に中也は我に返り、ハッと躰を揺るがした。
「太宰!大丈夫か!?」
笹の下から、埋もれる太宰を引っ張り出す。
「ゔぅ………重たかった…………」
引っ張り出してもらい、口を開いて太宰は呟いた。
「太宰、何してンだよ?」
何処か呆れた視線を向けながら、中也は聞く。
「見ての通り、笹を用意してたのさ。都からね」
太宰はぐでっと地面に座り込んで躰を伸ばした。
「ほら、七夕だから」
「七夕────ぁ、そういや今日七月七日だったな」
「中也も短冊に願い事書いたりとかしていたでしょう?」
「いや、まぁ……そうだが……」
変な汗を流しながら、中也は笹に視線を移す。
そして視線を太宰に戻して云った。
「でか過ぎねェ?」
中也がそう云うのも仕方無い。
太宰が運んで来たのは、太宰の身長のニ倍程ある長さの竹に、その竹が何十本もあるのだ。
笹────と云うより、大笹竹である。
「大丈夫さ、短冊も用意してあるからね」
そう云って、太宰は何処からか短冊を取り出し、手元でバラっと広げた。
二十枚以上ある。
「好きなだけ書き給え」
「そんなに願いねェよ…………」
「いいじゃないか。其れに、今日はきっと晴れる」
「晴れたら何かあるのか?」
中也が首を傾げて聞くと、太宰はニコッと笑みを浮かべて宇宙(ソラ)を指した。
「星が綺麗に見れるじゃあないか」
其の言葉に、中也が目を丸くする。
「何たって今日は、一年に一度。織姫と彦星が唯一会える────特別な日だからね」
「特別な日……」
ポツリと中也が口先から言葉をこぼした。
太宰の方に視線を移すと、小さく微笑む。
中也も其れにつられて微笑んだ。
「そうだな」
ふんわりとした優しい空間が、その場を包み込む。
「と云う訳だから中也、笹立てるの手伝って」
「先刻までの雰囲気全部ぶち壊してるぞ、手前」
真顔で中也は太宰に突っ込んだ。
***
「おぉ〜っ!」
中也が声を上げて目を輝かせた。
彼の視線の先には、七夕飾りが飾られた大笹竹がある。宇宙(ソラ)には満天の星空がある。
「凄ェな太宰!天の川があるぞ!!」
「予想以上に空が澄んでるねぇ、コレは流石の私も予想外だったよ」
そう云って私は笑みをこぼし、こてをかざしながら宇宙を見た。
笑みには苦笑じみた、けれども少しの嬉しさが混じっている。
中也は手に持った十枚ほどの短冊を、大笹竹に吊るしていった。
そんなに願いがない、と云っておきなから充分あるじゃあないか。
うふふ、と微笑をしながら私は吊るされた短冊を覗き込む。
【太宰が一回で起きてくれますように。】
「ん?」
思わず声をもらした。
別の短冊を見る。
【一寸で佳いから、太宰が家事を手伝ってくれますように。】
「んん?」
目を丸くし、私はまた別の短冊を見る。
【太宰が寝間着を布団の上に脱ぎすてるのを止めてくれますように。】
「…………………」
私は呆れた視線で短冊を見て、その儘中也に視線を移した。
「一寸、中也。何この願い事?」
眉をひそめて口を尖らせて私は云う。
「こんなの願いじゃないよ。私本人に云い給え」
内心、短冊に書くことじゃない事を書かれた事と、自分の事を書かれた事に、私は少し不機嫌だった。
これくらいなら云ってもらった方が佳い。
そう思って、私は言葉を発した。
「ンな事云ったって、俺が幾ら云っても手前直さねェだろ?」
「ぐぬ………」
中也の正論が、私を襲う。
自業自得────致し方ないと思った。
「つーか手前は書いたのかよ?」
短冊に通した紐を笹に結んで、中也が私に聞いてくる。
私は手に持っていた白紙の短冊を見た。
「別に?願う事なんてないよ。願ったって叶うとは限らないし、叶ったとしても────ソレは手に入った瞬間に失う事が約束されてしまっている」
中也に視線を移して、私は笑みを浮かべる。
「本当……………………詰まらないよねぇ」
私の言葉に、中也は目を見開いて憂いを帯びた表情をした。
沈黙が生じる。
「………な、」
中也が口を開いた。
「何でも良いから書けよ…」
絞り出すような声で中也は云う。
その場の空気をかき消す為か、私に何かを与える為か。
「そうだね、そうしよう」
瞼を閉じて私は呟く。
「…………………」
素麺茹でてくる、と云って中也は家の方に戻って行った。
夜風が私の肌をなぞる。
握っている短冊に私は再び視線を戻した。
「何でも佳いから、か………」
私は中也の願い事を参考にしようと、再び笹に飾られた短冊を覗き込む。
殆どが私に対してのものだった。
遠回しに厭味を云われたような感覚になる。家事類は兎も角、次からは寝間着を脱ぎ捨てるのは止めようと決めた。
家の方へと視線を移す。
「はぁ、願い事…………如何しようかなぁ…」
溜め息をついた。
刹那、夜風が再び私の躰に吹き付ける。手元の短冊が飛ばないよう、ギュッと握りしめた。
後ろから、風に揺れる葉の音が聞こえる。
音楽のようだった。
私は其の葉擦れの音に惹かれたかのように、ゆっくりと後ろに振り向く。
目を見開いた。
一枚の短冊が、風に揺らされている。
私は大笹竹に近付き、其の短冊に触れた。
「…………………え」
短冊に書かれた『願い事』を見て、私は思わず声をもらした。
太宰とずっと一緒に居れますように。
「ッ!」
私は家の方へ振り返る。
柔らかな温かい光が、扉の隙間からこぼれ出ていた。
「………………」
再び白紙の短冊に視線を移す。
全身の力が抜けかけた。
短冊を落とさないように、私は指に力を入れる。
「──────変な願い事………」
ポツリと呟いた其の言葉は、満天の星空に呑み込まれた。
光を纏う追憶が、私の脳に溢れ出す。
“中也”の澄んだ青い瞳は、何時でも私の姿を映し出してくれた。
息を吸う。
思い浮かんだ言葉を、私はポツリと呟いた。
『如何せなら、“君”とそうしたかったなぁ』
「っ…!?」
其の言葉が耳に響いた瞬間、私は自分の手で口を塞いだ。
先程まで手に持っていた短冊が、静かに地面に落ちる。
私は──────何て事を云ったのだろう。
瞳が揺れ動く。
最低だ。
彼は私との願いなのに、私は“中也”との事を願ってしまっている。
なんて最低なんだ。
私はしゃがみ込んで膝を抱えた。
「っ……………ご免」
彼に届かない其の言葉を、私は静かに放つ。
抱えきれない罪悪感が私を襲った。
重い空気を吸って、ソレが躰に溜まっていっているように感じる。
息が荒くなっていき、鼓動が体中に響いた。
「ご免ね中也、私は君を_______。」
声が震える。
静かな夜に響き渡った。
─────お願いだから私の傍から離れないで。
あの言葉を私は、何方に云ったのだろうか。
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ぐへへうへへへへへへへへへ(訳:中也くんも鬼の中也を思い浮かべちゃう太宰さんもかわちい🥺)