テラーノベル
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その頃、村田トラスト不動産の給湯室には、後藤卓也と酒井莉子がいた。
「最近、毎晩帰りが遅いのはどうしてなんだ?」
「友達と食事に行ってるからよ」
「前はそんなことなかったじゃないか」
「やぁねぇ……恋人ができたって、女友達との付き合いは大事でしょう?」
「本当に、女友達なのか?」
「当たり前じゃない。なに、疑ってんの?」
莉子は可笑しそうに笑う。
その時、廊下に足音が聞こえたので、卓也は慌ててその場から立ち去った。
給湯室にひとり残った莉子は、心の中で呟く。
(そろそろ潮時かしら……。最初は花梨先輩の男を奪ってやろうと思ってあの人に近づいたけど、最近金払いは悪いし、エッチもいまいちだし……なんか思ってたのと違ったわ。それに比べて、この前花梨先輩と一緒にいた上司、すごくいい男だったじゃない! ああいう大人の男こそ、私には似合うのに……)
莉子はニヤッと笑って、給湯室を後にした。
一方、高城不動産ソリューションズの営業第二課では、柊と花梨の出張を羨む声が飛び交っていた。
「白馬なんていいなあ~。私も泊りで現調に行きたーい!」
「紅葉がちょうど見ごろなんじゃない?」
「白樺並木のドライブ、なんてロマンティックなの~」
「一緒に行くのが課長でしょう? ずるいずるい!」
女性社員たちが花梨の周りに集まり、羨ましそうに言う。
花梨の隣にいた美桜は、こんなアドバイスをした。
「朝晩は結構冷えるから、あたたかい服もちゃんと持って行った方がいいよ」
「美桜さん、白馬に詳しいんですか?」
「若い頃、スキーでよく行ったのよ」
「そうでしたか」
「水島さんは白馬は初めて?」
「二度目です。でも前に行ったのは夏だったので」
「夏は涼しくて避暑にはもってこいだけど、この時期は結構冷えるからしっかり防寒した方がいいわよ」
「分かりました」
「あ、あと、課長に言っておいて! お土産はバームクーヘンがいいって!」
「バームクーヘンの美味しいお店があるんですか?」
「うん。しっとりしていてすごく美味しいの。後でお店教えるね」
「了解です」
二人は笑顔を交わす。
そんな二人の様子を、少し離れた席から萌香が睨んでいた。
萌香は、花梨が柊と一泊の出張に行くことを知り、イライラしていた。
(なんで、あの新入りが課長と?)
悔しさのあまり爪を噛む。綺麗にネイルされた萌香の爪には、どんどん噛み跡がついていく。
そんな彼女に、派遣の一人が声をかけた。
「萌香さん、二人は仕事なんですから! それに、課長は萌香さんに気があるんですよね? だったら、気にすることないですよ」
もう一人も調子を合わせる。
「そうですそうです。あの二人はいつも一緒にいますけど、あくまでもビジネスライクに徹していますから、心配ありませんよ」
二人の慰めの言葉は、今の萌香には何の意味もなかった。
(ずるいわ……本当なら私が一緒に行くはずだったのに……。あの女さえいなければ……)
萌香は何も言わずに席を立つと、ポーチを手にして化粧室へ向かった。
その日、柊は少し残業をした後、支店を出た。
駅へ向かって歩いていると、誰かに呼び止められる。
「あの……この間、お会いした方ですよね?」
柊がその声に振り返ると、そこには酒井莉子が立っていた。花梨から卓也を奪った女だ。
しかし、柊は彼女が誰か分からなかったようで、こう尋ねた。
「えっと……どちらでお会いしましたでしょうか?」
その言葉に莉子の表情が強張る。柊が自分のことをまったく覚えていないことが意外だったようだ。
「以前、浜田様のお宅の前で……水島花梨さんとご一緒でしたよね?」
浜田と花梨の名前が出て、柊はようやく莉子のことを思い出した。
「ああ……その節はどうも」
「こんなところで偶然お会いするなんて! そういえば、高城不動産はすぐそこでしたね」
「ええ」
「今、お帰りですか?」
「はい。あなたは?」
「私はちょっとこの近くで用事があったものですから……。あの、よろしかったら、少しお話ししませんか?」
「…………」
その言葉に、柊は警戒する。
相手はライバル会社の社員、そして、花梨の恋人を奪った女だ。きっと何か企んでいるに違いない。柊はすぐにそう察知した。
「すみません、この後予定があるので」
やんわりと断る柊を見て、莉子は驚いた表情を浮かべた。
(おかしいわね……今までは、こちらから誘えばほとんどの男がすぐに乗ってくるのに)
少し苛立ちながら、莉子は再び口を開く。
「ほんの十分でもダメですか? 花梨先輩のことで、ちょっとお話ししておきたいことがあるんです」
(そうきたか……)
莉子の言葉を聞いた柊は、すぐにそう思った。
これまでも、女性同士の争いや足の引っ張り合いは嫌というほど見てきた。もちろん、今の莉子のように直接柊に働きかけてくる女もいたので、柊はこういったことには慣れている。
以前の柊だったら、女性の言い分をじっくり聞いてからピシャリとはねつけることが多かったが、今回は少し状況が違う。
相手は、自分が気になっている女性の敵なので、うかうかとついていくわけにはいかない。
そこで柊は、今まで使ったことのない手段を選ぶことにした。それは、ダイレクトに相手の鼻をへし折る作戦だ。
「話しておきたいことっていうのは、水島さんの悪口かな? そういうのは、意味ないですよ」
ずばり指摘された莉子は、目を見開き慌てて言った。
「ち、違います……本当に、大事なことなんです!」
「じゃあ、今ここで聞きますよ。彼女の何を話したいんですか?」
「それは……花梨先輩は、あなたが思っているような人じゃないんです」
「じゃあ、どういう人?」
「表では愛想も良く、仕事も完璧にこなしているように見えますが、それは周りを犠牲にしてのし上がってるだけなんです」
柊は、莉子のあまりにも一方的で辛辣な言いように半ば呆れたような表情を浮かべる。
「ということは、彼女は前の会社で君のことを利用し、実績を上げていたと言いたいんですね?」
「そうです! とにかくあざといんです。私以外にも、何人も犠牲になりましたから」
「へぇ……そうなんですか……。あなたの言いたいことはよく分かりました。教えてくれてありがとう」
その言葉を聞いた莉子は、満足気な笑みを浮かべたが、柊がそのまま立ち去ろうとしたのを見て急に慌てた。
「ち、ちょっと待ってください! 今言ったことは本当ですよ。だから、彼女のことをあまり信用しない方が……」
その言葉に、柊は立ち止まって振り返り言った。
「他人の言葉を鵜呑みにするほど、私は愚かではありませんよ。真実は自分の目で見て判断する主義なんでね。私が見た限り、彼女は常に顧客の立場に立って物事を考えられる仕事のできる女性です。あなたに何と言われようと、その判断は変わりません。彼女の評判を落としたかったようですが、残念でしたね。では、失礼」
そう言い残して、柊はその場を後にした。
一人取り残された莉子は、わなわなと震えながら悔しそうに唇を噛んでいた。
しばらくして莉子の姿が見えなくなると、電柱の陰から花梨が姿を現した。彼女はコンビニで買い物をして外に出たところで、偶然二人のやり取りを目撃した。
柊がきっぱりと莉子に言い返す様子をすべて見ていた花梨は、心の中で呟いた。
(課長……私のこと、そんな風に見てくれてたんだ……)
彼女の目尻には、感動の涙がうっすらと滲んでいた。
コメント
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莉子‼️一度会ったら自分の事皆んなが覚えていると言う勘違いが怖い😱あなたに騙されるのは人間を外見だけで判断する様な軽い人ですよ💢柊様は誰にも惑わされず相手を観て判断出来る大人なんですよ 嘘を言っても絶対あなたには靡かない‼️柊様は花梨ちゃん一筋なんですから❣️ 花梨ちゃんも思わず柊様の本音を聴けて更に柊様のこと気になってきたよね 白馬の出張楽しみ😊
そもそも元カレの浮気相手である莉子の告げ口を信じないでしょ😨😨 柊さんの言う通り惑わされず自分の目で確かめるのが正確だよね( *´艸`)フフフ♡ 花梨ちゃんの仕事ぶりが誠実さを証明してる💕💕 花梨ちゃん‥柊さんが自分を信頼してくれてるってわかって嬉しいね( ˘͈ ᵕ ˘͈♡)
素晴らしい👏👏👏👏 バッチリ撃退しましたね!でもこれで引いてくれるかな💦 会社の中にも外にも変な女がいて大変だけど、柊さんなら守ってくれそう🤭