テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「なんなのよ、あの男! ちょっと顔がいいからって偉そうに!」
莉子はマンションに戻るなり、怒りに任せてソファのクッションを投げつけた。
小柄ながら色気が溢れる肉感的な莉子は、学生時代から常にモテていたため、あんな扱いを受けたのは初めてだった。
本当なら、今夜柊を誘惑して自分のものにする予定だった。莉子にとって、そんなことは朝飯前だと思っていた。
実際、卓也はあっさりと彼女の罠にかかった。
自分の誘いに乗らない男性に出会ったことがない莉子にとって、柊の反応は衝撃だった。
「もう、ムカつく! 花梨先輩のそばに、あんないい男がいること自体がムカつくのよ!」
莉子はもう一つのクッションを掴むと、壁に思い切り投げつけた。
その時、玄関の鍵が開く音がした。卓也が帰ってきたようだ。
しかし、怒りに満ちた莉子にとって、そんなことはもうどうでもよかった。
部屋に入ってきた卓也は、莉子が先に帰っていたことに驚く。
「なんだ、今日は早いな」
「友達との予定がドタキャンになったから」
「飯は?」
「いらない」
その答えに、卓也の表情が険しくなる。
「いらない……じゃなくて、俺の飯は?」
「ああ、冷凍食品のパスタならあるわよ」
「……」
卓也は、急にムスッとした表情を浮かべると、
「シャワー浴びてくるよ」
そう言って、静かにバスルームへ向かった。
莉子は返事もせずにドカッとソファに座り、イライラした様子で携帯をいじり始めた。
「花梨先輩の男より、もっとハイスペックな男を見つけるまでは、卓也とは別れられないわね……」
莉子はそう呟くと、無表情のまま携帯をいじり続けた。
その頃、花梨はようやくマンションへ辿り着いた。
ご飯を炊くのが面倒だったので、先ほどの買い物のついでにコンビニでおにぎりを二個買っていたが、なんだか食欲がない。
何かおかずを作ろうと思っていたが、今夜はおにぎりだけで済ませることにした。
日本茶を淹れ、おにぎりを食べ始める。一口食べた瞬間、思わず深いため息がこぼれた。
(どうしよう……課長と一泊の出張なのに、このままじゃ二人きりで過ごす自信がないわ……)
花梨はもう気づいていた。
課長の柊が、気になる存在になっていることに。
最初は、ハイスペックな柊に会っても、ただの上司としか思えなかった。もちろん、あえて意識しないようにしていた部分もあるが、花梨にとって彼はあくまでも有能な上司でしかなかった。
もちろん、柊と行動を共にする中で、尊敬の念のようなものは芽生えていたし、心地よさのようなものも感じていた。
なぜか、彼の前では気負わずに自然体でいられるような気がした。
そこへ、さっきの柊の言葉だ。
花梨はもう彼のことを、男性として意識せずにはいられなかった。
柊の言葉を聞いた瞬間から、今までせき止めていた想いが溢れ出すように、次々と花梨の心の中を埋め尽くしていく。
(ダメよ花梨、もう恋で傷つくのは嫌でしょう? だったら耐えるのよ……鉄壁の仮面を被って、気のないふりを演じないと)
一口しか食べていないおにぎりを持ったまま、花梨は再び深いため息をついた。
その頃、柊も自宅へ戻っていた。
部屋に入りネクタイを解きながら、さきほどの出来事を思い返す。
自分にしては意外な対応だった。有能な部下を貶めようとする者がどうしても許せず、ついいつもより強く反応してしまった。
(どうしたんだ、俺は……)
自分の予想外の反応に、思わず苦笑いを浮かべる。
ネクタイを椅子に掛けると、柊は窓辺へ近づいた。
「やけに明るいと思ったら、今夜は満月か……」
そう呟くと、今度の出張について思いを巡らせる。
彼は、その時がチャンスだと捉えていた。
「さてと……『もう二度と恋はしない』宣言している鉄壁女子を、どう崩していくかな……」
その時、柊の脳裏に花梨の両親のことが浮かんだ。
親の離婚で傷つき、元彼を軽薄な女に奪われた花梨の心の傷は、相当深いだろう思った。
だから、下手に動くと彼女をもっと傷つけることにもなりかねない。
「どうするのが一番いいんだ?」
今まで、女性に関してこんなに悩んだことはない。
これまで付き合ってきた女たちは、大抵同じパターンで攻めればあっという間に落ちた。
ごくまれに、気まぐれな女を装って柊の気を引こうとする女性もいたが、そんな安っぽい行動はすぐに見抜けた。
女性経験が豊富な柊にとって、女たちの心の内など、いとも簡単に読み取ることができた。
しかし、花梨のことになると、どうしていいかまったく分からない。
(せっかくのチャンスを、みすみす無駄にしたくはないしな……)
柊は、煌々と輝く満月を見つめながら、二人きりで過ごす一泊の出張に思いを馳せた。
コメント
17件
2人とも考え込んでる😆もう両片思いなのにね💓 少しずつ距離が近くなりますよ〜 出張中、どう接していくのか楽しみです✨✨✨✨
柊さんが見つめる満月は、タイミング的に皆既月食の満月かしら(◍˘ ꒳˘)✯*〜❍*♪͙ 柊さんの考えてる事を察したお月様が、赤くなって恥ずかしくなって隠れちゃったぞぉーw 消えていく月と言えば、花○石鹸の三日月マークって、いつの間にか消えたよね。 どうでもいい話ですが💦 あ、莉子は松茸狩りの難しさを思い知った事でしょう。
「『もう恋なんてしない』なんて、言わないよ絶対。」て、ローリー寺西のいとこも言うとった。何とかなる。知らんけど。