「たまに目玉焼きとベーコンも食べる」「なるほど……」
エステルは目眩を覚えた。
大人のアルファルドはともかくとして、育ちざかりの子供であるミラまで毎回こんな食事をしているなんて考えられない。
自分がここで家事をさせてもらえることになったのは、ミラのためにもよかったのかもしれない。
エステルの料理へのやる気がむくむくと湧いてきた。
「私もそんなに凝った料理は作れませんが、とりあえず、毎日じゃがいもとチーズと牛乳にするのはやめますね」
「……」
アルファルドは、不満なのか興味がないのか黙ったままだ。 一応、食料庫にある食材は自由に使っていいとの許可だけ得て、エステルはミラと一緒に食料庫へと向かった。
「本当に、よく見たらじゃがいもとチーズと牛乳ばっかりね……」
アルファルドの言っていたとおり、卵とベーコンもあったのは幸いだが、野菜がないのが辛い。 それに、食材がこの有り様では、食器や調理器具も揃っていないのではないだろうか。
今度は台所に行って確認してみると、思ったとおり、足りないものだらけだった。
「エステル、大丈夫だよ。アルファルドが魔法で作ってくれるから」
「そっか! それじゃあ、もしかしたら食材もアルファルド様が魔法で出せたり……?」
それならどんなに楽だろうかと思って聞いてみたものの、ミラは申し訳なさそうにしゅんとしてしまった。
「それが、食べ物は魔法で作れないみたい……。ごめんね、エステル」
「そんな! ミラが謝ることじゃないから大丈夫よ。でも、ということは、この食材はアルファルド様がお店で買ってきてるってこと?」
「うん、そうみたい。僕はいつもお留守番だから、よく分からないけど……」
「そうなのね。じゃあ、今度アルファルド様がお買い物に行くときは、お野菜も買ってきてもらわないと。ミラもお野菜いやがらないで、ちゃんと食べてね」
「うん! いっぱい食べるよ」
「ふふっ、偉いわ」
やっぱりミラはお利口だし、とても可愛い。
(ミラに美味しいものをたくさん食べさせてあげないと!)
エステルはやる気満々で腕まくりをすると、食事の準備を始めたのだった。
◇◇◇
「うわぁ〜! すごく美味しそう!」
食卓に並んだ料理を見て、ミラが歓声を上げる。
ミラはエステルが料理をしているときも、近くでその様子を楽しそうに眺めていた。 今度はちょっとしたお手伝いをお願いしてみるのもいいかもしれない。
「グラタンとオムレツだっけ? 僕、食べるの初めて! どんな味がするんだろう」
「ふふ、食べてのお楽しみよ」
あいにく、食材が極めて限られていたため、じゃがいもの使用率が高めだが、それでも別の料理だからそれほど気にはならないだろう。
「アルファルド様も、先ほどは食器など魔法で作っていただいてありがとうございました。おかげでいろいろ料理が作れました。どうぞ、冷めないうちに召し上がってください」
アルファルドにも協力してもらったお礼を伝え、笑顔で料理をすすめる。 しかし、アルファルドは料理を一瞥すると煩わしそうに溜め息をついた。
「あの……お気に召しませんでしたか……?」
恐る恐る尋ねるエステルをアルファルドが睨むように見つめる。
「食事が熱すぎる。冷めるのを待つ時間がもったいない」
「え……」
「そもそも、こんなに手の込んだものを作る必要もない。腹に入れば全部一緒だろう」
「…………」
あまりの言われように、エステルは言葉が出てこない。 二人のためにと頑張って作ったが、アルファルドにとっては迷惑だったらしい。
調理器具を作るときから面倒そうな様子だったが、ミラがお願いしたから仕方なく作ってくれたのだろう。
楽しい食事にしたいと張り切っていた心が、どんどん萎んでいくのを感じた。
「あの……申し訳あり──」
小さな声で謝ろうとしたとき、さっきまでにこにこしながら座っていたミラが上ずった声でアルファルドの名を呼んだ。
「ねえ、アルファルド」
アルファルドがミラに顔を向けると、無表情だった顔にわずかに驚きの色が浮かんだ。
ミラが真っ赤な顔で目を潤ませていたのだ。
「そんな言い方しないで。エステルは僕たちのためにお料理を作ってくれたんだよ。すごく一生懸命作ってくれたのに、そんなこと言われたら傷ついちゃうよ。エステルに謝って」
(ミラ、わたしのために……)
こんなに小さい子が自分のために怒ってくれたのだと思うと、申し訳なさもあるけれど、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになる。
うっかり泣いてしまいそうになるのを我慢していると、アルファルドがエステルのほうを見ていることに気がついた。
「アルファルド様?」
「……さっきの言葉は撤回する」
「えっ?」
「君の気持ちまで考えていなかった。食事は頂く」
「は、はい、どうぞ……!」
ミラに叱られたアルファルドは、謝罪まではいかないものの反省はしてくれたらしい。
エステルも気を取り直して料理を勧め、ミラはほっとしたように表情を和らげた。
「じゃあ、みんなで食べよう? 僕、オムレツから食べてみるね」
「ええ、どうぞ」
「いただきまーす」
「……いただきます」
それからミラは何度も「美味しい」と褒めてくれ、アルファルドは何も言わなかったが全部完食してくれた。
食材不足や道具不足にアルファルドの文句といろいろあって大変だったが、終わり良ければすべて良しということにしておこう。
(……でも、わたしったらミラに助けられっぱなしだわ)
自分のほうが10歳は大人なはずなのに、ずっとミラの力を借りてばかりで申し訳ないし情けない。
アルファルドはだいぶ気難しそうだが、これからはミラのフォローがなくてもしっかり応対できるようにならなくては。
(よし、明日はミラの助けを借りないで終われるよう頑張るわよ……!)
エステルは明日の目標を胸に刻んで、チーズたっぷりのポテトグラタンを頬張ったのだった。
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