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翌朝、エステルは早起きをして朝食を作った。
ふかし芋に、チーズ入りのスクランブルエッグと焼いたベーコンをお皿に盛りつけ、食卓に並べる。
そうして、ふう、と一つ溜め息をこぼした。
「やっぱり朝食にはパンがあってほしいわね……」
というか、パン以外にもいろいろ欲しい。
やはり材料がじゃがいも、卵、チーズ、ベーコン、牛乳だけではメニューのバリエーションが狭まってしまう。
もっと料理上手な人であれば、それでも上手いことやれてしまうのかもしれないが、エステルには難しそうだ。
(食材について、アルファルド様に相談してみよう)
そんなことを考えていると、ちょうどアルファルドも起きたようで、食卓へとやって来た。
「アルファルド様、おはようございます。ちょうど朝食の準備ができましたよ」
「ああ」
「……」
朝の挨拶も返さず椅子に座るアルファルドに思うところはあったが、こういう人なのだと納得して気にしないことにする。
けれど、無言で座っていたアルファルドから声をかけられ、エステルは振り返った。
「この花は?」
どうやら食卓の中央に飾られた花に目をとめたらしい。 ちゃんと気づいてもらえたのかと嬉しくなり、エステルがパッと笑顔を浮かべる。
「お庭に可愛いお花が咲いていたので摘んできたんです。食卓に飾ったらいいかと思って──」
「邪魔だな」
「えっ……?」
てっきりアルファルドも気に入ってくれたのかと思ったのに、すぐさま否定されてしまい、エステルは言葉を失った。
「こんなもの、無駄に場所を取るだけだし、どうせすぐに枯れるから処分が面倒だろう。何もないほうがマシだ」
昨日ミラに言われたばかりだというのに、アルファルドはまたもこちらの気持ちなどお構いなしに辛辣な言葉を並べ立てる。
エステルの胸がずきずきと痛み、少し涙も出てきそうだ。
(……でも、いつまでもこんなんじゃだめだわ)
このままでは、また泣いているエステルをミラがフォローしてくれ、アルファルドが渋々発言を撤回する──その繰り返しだ。
今日こそはミラの助けを借りないと決めたのだ。 この程度の発言でめそめそしていられない。
「アルファルド様」
エステルの呼びかけに、アルファルドは怪訝そうな眼差しを寄越した。
「たしかに、お花を飾るには少しだけ場所を取ります。でもその代わり、食卓が華やかになると思いませんか?」
「……」
「朝、このお花を見つけて、わたしは綺麗だなと思って幸せな気持ちになったんです。だから、アルファルド様とミラにもそんな気持ちになってもらいたくて……。ミラが笑顔になってくれたらいいな、アルファルド様も少しでも気分よく過ごしてもらえたらいいなと思って、こうして食卓に飾ってみたんです。だから、そんな風に仰られると、ちょっと傷つきます……」
居候ごときが反論みたいなことをして、怒りを買ってしまうのではないか。
エステルは内心ひやひやしていたが、意外にもアルファルドが怒る様子は見られなかった。
「……すまないが、私には理解できない。だが、ミラが喜ぶことなら許す」
怒りはしなかったが、かと言って、あまり反省している風でもなく、アルファルドのブレなさにエステルは苦笑するしかない。
(本当に人の気持ちに疎い人なのね……。それでもミラのことは大事にしているみたい。表情には出てないけれど。なんだか不思議な人……)
それからすぐにミラも起床したようで、可愛らしい声が聞こえてきた。
「おはよう、エステル、アルファルド。わあ、美味しそうな朝ごはん! あっ、このお花、エステルが飾ってくれたの? 綺麗だね!」
ミラが天使のような微笑みを浮かべながら、無邪気にはしゃぐ。
(なんて可愛くていい子なの……!)
別の意味で泣きそうになるのを堪えて、エステルがミラの椅子を引いてあげる。
「ありがとう、ミラ。たくさん食べてね。食べ終わったら、その可愛い寝癖を直してあげるわ」
「えへへ、ありがとう」
そうして、ミラが「美味しい!」とパクパク食べてくれるのを嬉しそうに眺めながら、朝食の時間は過ぎていったのだった。
◇◇◇
「ねえ、エステル。今日は何して遊ぶ?」
朝食を終え、後片付けを済ませると、ミラが待ちわびたように尋ねてきた。 エステルは少し考えたあと、人差し指をぴんと立てて返事する。
「人形遊びはどうかしら?」
実はミラはアルファルドから家の外に出ることを禁じられているらしい。
詳しくは教えてもらえなかったが、何か訳があるのだろう。 つまりミラは屋内でしか遊べないので、今日は人形遊びでもとエステルは考えたのだったが。
「でも僕、お人形を持ってないんだ……」
ミラがしょんぼりした顔で答える。
そういえば、「ミラの遊び場」に人形っぽいものはなかったのを思い出し、エステルはしまったと思った。
(まだ小さい子供がいるっていうのに、人形のひとつもないなんて……)
アルファルドに頼めば魔法で出してくれるかもしれない。 でも、できればミラが愛着を持てる特別な人形を用意してあげたい。
(よし、自分で手作りしましょう!)
布と綿があればぬいぐるみが作れる。 多少手間がかかりそうだが、ミラのためを思えばまったく苦ではない。
「ねえ、ミラ。わたしがぬいぐるみを作ってあげるわ」