コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「重くないよね?」と、史さんの身柄に取り付いた幼なじみが、不安そうに囁いた。
「むしろ軽すぎだわ。もうちょい飯食え」
「でも、幸介の方が軽いかも」
「お前それ俺がチビだって言ってんの?」
こちらも同じく、彼の肩辺りにしがみついた幸介が、緊張した面持ちで言った。
「ホントにいいの?」
「うん。 ちょっとだけ我慢してくださいね?」
私は私で友人の背中に負ぶさり、出発準備は手早く整った。
目的地は元浜公園との事だが、大社から距離にして、大体2〜3キロといったところか。
「参ります」
ふゆさんの声が、辛うじて聞こえたような気がした。
道中のことは、いま思い出しても身震いを禁じ得ない。
疾走に次ぐ疾走。 まさにそういった形容だ。
それも、真っ当な路面を走るわけじゃない。
電柱の側面を蹴り、家屋の屋根を縦断し、市営バスの天井を踏み台にして、瞬く間に広大な公園の敷地内に躍り込む。
松が市木の高羽で生まれ育った私であるが、松の天辺をすぐ真横に見たのはあれが初めてだった。
「気付きました?」
「あぁ、上手ぇな流石に」
「国津神?」
「だろうな」
そんじょそこらの絶叫マシンとは比べ物にならないスリルを味わって、なかば失神寸前の私だったけど、その模様を辛くも目撃することができた。
まるで天女の降臨だ。
彼女の身柄だけは丁重に扱おうと重力が計らったかのように、ふゆさんがふわりと草地に降り立った。
程なく、そんな情景の余韻は、あっさりと掻き消された。
「マジで下がってろよお前ら」
いつになく真剣味を帯びた史さんの声に応じ、それぞれ髪がボサボサになった幼なじみと身を寄せ合う。
一言二言を交わす余裕もない。
一同の視線の先に、果たしてそれは居た。
居所は、数メートル先に横たわる運河の辺。 コンクリ製の段丘に覆われた公園の西端だ。
それは、一見して人の形を成しているものの、全身に靄が掛かったような不可解な容姿をしていた。
この靄というのが、黒くも見え、暗くも見え。
あえて何色かと問われると、陰惨な色味としか答えようのない不気味なものだった。
そんな人影が、今まさに小柄な体躯の持ち主と対峙している。
薙刀を構えた束帯姿の少女だった。
「愈女っ!!」
いち早く声を放ったふゆさんが、間髪容れず矛を振り上げた。
これに気付いた少女が、喫驚した面持ちで応じる。
「姫さま……っ? 姫さまダメです! コレは──」
言い終わるより先に、神器が唸りを上げた。
それは、古武術の演武等で見られる動作とは、根底から違っていた。
斬ったのか突いたのか、それすらよく分からない。
ただ、刃の操作に合わせて、何かしらの効力帯が発振されたのは確かだと思う。
それは這うように段丘を下り、件の人影を少女の側から引き剥がすことに成功した。
この機に乗じ、タッと駆け出したふゆさんが両者の間に割って入る。
いまだ緊迫した雰囲気に変わりはないが、二名の触れ合いは遠目に見ても温かなものだった。
やっとの思いで再会を果たした彼女たちだ。 感慨も一入だろう。
「余裕ですね。勝負になんない」
「………………」
早くも戦況を見越した様子の友人に、しかし史さんは応じない。
異変は唐突に起こった。
ぼそぼそと、耳の奥、頭の中で声がした。
耳鳴りを疑うも、どうやら様子が違う。
それはゆっくり、ゆっくりと形をなし、やがて鮮明な声となって、脳裏に響いた。
「ふゆ……ひめ……」
これは、あの人影の声だと直感した。
なにを以てそう思ったのかは判らない。
けれど、妙な確信があった。
「姫さま!?」
少女の悲鳴を聞いて、そちらに目を凝らす。
ふゆさんがその場に崩れ落ちていた。
ひどく怯えている様子だ。
妙な確信が、嫌な予感に変わった。
「こし……いれ……。 わが……もと………」
いつしか、背中が冷たい汗でぐっしょりと濡れていた。