テラーノベル
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暗い根の洞の洞窟。ロスクがライトをつけようとした瞬間だった。
イザリオの双剣の柄が、淡い光を帯び始めた。エルファーナの腕輪とネックレス。ロスクの襟章。ルーネの護符も、それぞれが呼応するように淡い光を放っている。
やがて、個々の輝きが重なり合い、共鳴し始めた。苔と土に覆われ、長い年月の眠りについていた古代エルフ文字の紋様が、ひとつ、またひとつと淡い光を帯びていく。
そして、壁一面に刻まれたエルフ文字が一斉に金色の光を放った。まるで長い眠りから目覚めたかのように、無数の文字が脈動する。
文字から伸びた光が幾筋もの線となり、繊維を編み上げるように絡み合って、複雑な紋様を浮かび上がらせていく。同時に、洞窟内が金色の光に満たされた。やがて、その輝きは静かに落ち着き、壁面には淡い光の流れだけが揺らめいていた。
一行は息を呑んだまま、その光の流れを食い入るように見つめていた。
「これは、複数の異なる位相からなる魔方陣結界……」
ルーネが息を呑むように呟いた。
「ルーネ……位相とは、何ですか?」
エルファーナが魔方陣を見つめながら尋ねる。ルーネは壁の文字の中でも特に強く輝く箇所を指差した。金色の文字が節を描くように巡っている。
「位相は、鍵と考えてもいいでしょう」
ルーネは壁に浮かぶ光をひとつずつ追った。
「王族の血。王族に授けられた武具。島と契約した守護の印。そして、意思を持つ護符……」
ひとつひとつを確かめるように、言葉を続ける。
「それぞれが、この結界を起動する鍵。それが、位相なのです」
エルファーナが淡く光る自分の胸元のネックレスに触れた。
「じゃあ……これは?」
ルーネは頷いた。
「ええ、王女様。それも位相の一つです。王女様の腕輪も、イザリオ様の双剣も、そして私たちの襟章と護符も」
ルーネは、根の洞の奥、まだ闇に沈んだ場所へと視線を向けた。
「ですが、ここに反応していない位相がまだあります」
イザリオは眉をひそめた。
「足りない鍵はどこにある?」
「それは……」
その瞬間だった。根の洞の入口で影化したクルサ・ガルヴァが踏み込もうとした前脚が見えない壁に弾かれた。
「キィン――キィン――」
張り詰めた音が空気を切り裂き、クルサ・ガルヴァは立ち止まった。そして、低く唸り、一歩、後ずさった。
根の洞の入口で赤黒い眼が洞内のイザリオを射抜く。そこにあるのは、憎悪。飢え。そして、何かを求める獣のような衝動。だが、その赤黒い瞳の奥に、ほんのわずかに別の色が揺れていた。赤黒い色に抗うように。呑み込まれることを拒むように。それは、かつてのクルサ・ガルヴァが持っていた、本来の瞳の色だった。
ルーネはクルサ・ガルヴァから視線を外し、再び、壁一面に刻まれた文字へ手をかざした。
「……なるほど、そうでしたか」
ルーネの声が静かに響く。
桜城
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「本来の理から外れた存在を、この“根の洞”は拒む仕組みなのでしょう」
ロスクがはっと息を呑んだ。
「もう一つの位相は……神獣であるクルサ・ガルヴァなのか?」
ルーネは静かに頷いた。
「そうです」
根の洞の外でクルサ・ガルヴァが低く唸り、結界へと爪を立てる。金色の光がわずかに揺らいだ。
「神獣は本来、この島の“外側”を護る存在です。理に在る限り、ここに拒まれることはありません」
ルーネは、赤黒い眼のクルサ・ガルヴァを見つめ言葉を続けた。
「ですが……今のクルサ・ガルヴァは違う。赤黒い眼の霧に侵され、本来の役割から外れているのです」
「だから……結界に拒まれた」 ロスクが呟いた。
「ええ。ですが、この結界が拒んでいるのは、クルサ・ガルヴァそのものではありません。本来の理から外れた、今のクルサ・ガルヴァなのです」
クルサ・ガルヴァが再び結界に身を打ちつける。
ルーネには、その姿が破壊衝動ではなくクルサ・ガルヴァに残された心が、必死に助けを求めているように見えた。
「結界に身を打ちつけるのは……神獣としての“残光”が、まだ失われていないからでしょう」 ルーネは、静かに言った。
「ガアァァァァアアアッ!!」
クルサ・ガルヴァの咆哮が洞窟内に轟いた。巨大な五本の爪を立て、牙を剥き、結界を破ろうとする。その瞳は、完全に赤黒く変色していた。残光が完全に消えたのだった。
洞窟の壁を巡る金色の光が、わずかに、不安定に脈動した。
ルーネの表情が変わる。
「クルサ・ガルヴァが完全に闇落ちすれば、神獣の位相が消える」
そして、低い声で続ける。
「神獣の位相を欠いたままの結界は、長くはもちません」
「長くもたないとは?」 イザリオが低い声で問う。
「完全な陣ではない以上、この結界は“拒む”ことはできても、押し返し続けることはできません」
イザリオとエルファーナは息を呑んだ。ロスクは、無言で洞窟の入口を見つめる。
外では、影化したクルサ・ガルヴァが何度も爪を振り、見えない壁へ身体を叩きつけていた。
(ここは、いずれ、破られる……)
(クルサ・ガルヴァを倒し、王子様達を避難させなければ)
ロスクは、迷いなく腰のサーベルを抜きイザリオの隣に立つ。
「イザリオ様。殿は、私が務めます」
短い言葉だった。だが、その響きに揺らぎはなかった。
「どうか……エルファーナ様の護りを最優先にして下さいませ。
ルーネもよろしくお願いします」
「ロスク……すまない。頼む」 イザイリオが頭を垂れた。
ロスクは、静かに頷いた。
「この命、イーサム王家のために使わせていただきます」
「私が相手だ。さあ、来い! クルサ・ガルヴァ!!」
その言葉が地に落ちるのと、ほぼ同時だった。
洞窟の外で、クルサ・ガルヴァが、低く身を沈める。筋肉がうねり、背骨の“骨角”が、赤黒い霧をまとって脈動した。次の瞬間、獣が、弾丸のように跳んだ。
「ガアァァァァアアアッ!!」
ロスクが前へ出る。考えるより早く、身体が動いていた。
「ギィンッ――!!」
剣と爪が噛み合い、甲高い衝突音が何度も弾ける。火花が散り、霧をまとった衝撃が、正面から叩きつけられた。
「何ッ!」
足元の土がえぐれ、ロスクの踵が地中へ沈み込む。腕に伝わる重みは、もはや獣のそれではない。岩塊を受け止めているかのような圧力だった。ロスクの足元が、わずかに滑る。一歩、また一歩、力に押されて後退してゆく。その背後には、結界。そして、その内側にいる王子と王女。
(やはり、ロスク一人だけでは危険だ……)
判断は、一瞬だった。
イザリオは叫ばなかった。
双剣を抜き放つと、結界を越え、ロスクの横へ踏み込んだ。
次の瞬間、クルサ・ガルヴァの前足が振り下ろされる。
イザリオは双剣を交差させ、横から爪を弾き飛ばした。
「ガキィンッ――!」
巨大な爪の一本が刃に弾かれ、
クルサ・ガルヴァの腕が大きく逸れた。
「……おッ」
ロスクの体が、わずかに持ち直した。
その隣で、双剣を構えたイザリオが叫ぶ。
「ロスク!! ここからは、俺も立つ!」
ロスクは歯を食いしばりながら、横目でイザリオを見た。
「イザリオ様! 王女様とルーネをお守りください!」
だが、イザリオの視線は真正面の神獣から離れない。双剣が、淡い光を帯び始めた。結界を満たす金色の光と呼応するように、二振りの刃に光の線が走る。
「ロスクの剣は、折らせない……」
クルサ・ガルヴァが、再び大地を蹴った。
巨大な前足が、二人へ向かって振り下ろされる。
イザリオは踏み込み、双剣を交差させて受け止めた。
「ぐっ……!」
凄まじい重量が両腕にのしかかる。
ロスクもサーベルを押し上げる。
「今だ!」 イザリオが叫んだ。
二振りの双剣とロスクのサーベル。三本の刃が、一つに重なる。
「ギィィンッ ――!!」
三本の刃から生まれた衝撃が、正面からクルサ・ガルヴァを打ち抜いた。赤黒い霧が弾け、巨体が大きく仰け反る。
「ガアァァッ……!」
次の瞬間、神獣の身体が宙を舞うように、岩と土を巻き上げながら、クルサ・ガルヴァは後方へ後方へ吹き飛ばされ宙を舞った。
重い衝撃音が、大地を叩く。だが、クルサ・ガルヴァは倒れなかった。四肢が地面を掴み獣は即座に体勢を立て直した。
赤黒い眼が、今度は二人を同時に射抜く。その瞳に宿ったのは、怒りだけではない。赤黒い眼の敵として認識したという、確かな意思だった。
「ガアァァァアアアッ!!」
次の瞬間。ヒュン、と巨大な尾が閃き空気が裂けた。鋼の鞭のように振り抜かれる。
ロスクは咄嗟に身を捻った。だが、完全には避けきれない。尾の先端が肩口を掠め、背後の岩壁へ叩きつけられた。
「ズガァンッ!! ――」
「ロスク!! 大丈夫か!?」 イザリオが叫ぶ。
「問題ありません……! もう一度、いけます!」
ロスクは、負傷した肩を顧みることなく、立ち上がり踏み込んだ。
だが、その瞬間だった。クルサ・ガルヴァの尾が、今度は横薙ぎに振り抜かれる。
ロスクの身体が宙を舞い、エルファーナたちがいる、結界の中の岩肌へと叩きつけられた。重い音を立てて地面へ落ちようとした瞬間。ロスクの視界が白く弾け、周囲の音が遠のいた。そして、同時に、体に激痛が一瞬走ったが、それすらも感じられないくらい意識が遠のき崩れ落ちた。
「ロスク!!」 イザリオが叫びロスクに駆け寄る。
「ロスクさん!!」 エルファーナも叫んだ。
そして、イザイリオはルーネと共に、崩れ落ちたロスクの身体を必死に支えた。そのまま、半ば引きずるように、結界の奥へと移動させた。その刹那、クルサ・ガルヴァの追撃が背後から迫った。
見えない結界の膜に鋼の毛が突き立てられる。キィ……ンと澄んだ音が歪んだ。結界の表面に、棘を打ち込まれたかのような波紋が走り、金色の結界の光が局所的に大きく揺らいだ。
「……えっ!?」 イザイリオが思わず振り返った。
「衝撃が…… 結界に、楔のように食い込んでいる!」
完全に破られたわけではない。
だが、結界の傷は大きくなっていた。
「急いで……ロスクを手当しないと!」
ルーネが腰袋を開き組織修復剤エルフエナジー注入液〈エルフ・インジェクト〉のアンプルを取り出し処置を始めた。エルファーナはロスクの手を握り回復を祈っていた。
「エルファーナ。これから、クルサ・ガルヴァを止めにいく。
ロスクとルーネを頼んだぞ」
「はい……必ず守ります、お兄様! お気をつけて」
震えを押し殺した妹の声に王子は小さく頷いた。
コメント
1件
> うわああ第47話めっちゃ熱い展開すぎる…!!😭💕 古代エルフ文字の結界が複数の「位相(鍵)」で動いてるって設定、一気に世界観深まったね…!!神獣が闇落ちするとその位相が消えて結界が弱るってのがもう切なすぎる…。 ロスクの「殿は私が」からイザリオが結界越えて隣に立つ流れ、マジで王子の覚悟がカッコよすぎてスクリーン叩きそうになった…✨「ロスクの剣は折らせない」って台詞、ずっと覚えてるよ…(泣) あとエルファーナが兄を信じて見送るシーン、静かな強さと覚悟があって胸に沁みました。次が気になりすぎる…次の更新楽しみにしてます!🌸