テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昨日の放課後。
「話すと長いんですが・・・」
「いいわよ、もう放課後だし」
美月に促され、宗太郎は小さく頷く。
「実は最近・・妻の様子がおかしくって」
「妻?ああ、そう言えば
高館先生は結婚してたわね」
「ええ・・・」
美月は表情を引き締めると、宗太郎の話に耳を傾けた。
「その奥さんが、どう様子がおかしいの?」
宗太郎は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「俺たち夫婦は今年で結婚6年目なんですけど
1年目くらいの頃にひよりの不妊が発覚したんですよ」
「ひより?ああ、奥さんの名前ね?」
「はい・・・」
なかなか子宝に恵まれなかった二人は、藁にもすがる思いで産婦人科を受診した。
そこで告げられたのは、月経不順による排卵障害だったという。
「排卵障害か・・・」
「結婚式のために無理な ダイエットを
したのが原因だったみたいで」
「なるほど・・・まぁよくある流れね」
さらに医師からは、結婚したばかりの新しい生活環境によるストレスも、要因のひとつではないかと告げられた。
それから宗太郎は、自分を責め続けるひよりを支えながら、共に不妊治療へ向き合う日々を送った。
そして1年にわたる治療の末、ようやく待ち望んだ妊娠が判明した。
「やっと妊娠したんですが・・・」
宗太郎の声が、そこで僅かに震えた。
美月は嫌な予感を覚え、恐る恐る尋ねる。
「ん?ですが?もしかして流産したとか?」
「それの方が、少しはマシだったかもしれません」
「え?マシって・・それどういう意味?」
宗太郎は俯き、重い口を開いた。
「妊娠を経て、無事にひとり娘が産まれました。
俺たち夫婦は、その娘に有栖と名前をつけて
愛情込めて育てました」
しかし、その幸せな日々は、あまりにも突然終わりを迎えた。
「けど有栖は、1歳の誕生日を
待たずして急死したんです」
「な、亡くなった?」
「はい・・・」
宗太郎は静かに頷いた。
「乳幼児突然死症候群でした」
「ああ・・SIDSってヤツか・・・」
「はい・・・」
美月は痛ましげに眉を寄せる。
「でもSIDSって確か、なんの予兆もないまま
突然亡くなる病気よね?明確な原因だって
今だに分かってない筈よ?」
そして少し考えたあと、言葉を続ける。
「不妊との因果関係だって──」
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
「それは分かってます」
宗太郎は静かに遮った。
「不妊とSIDSが関係してるってデータは
いくら調べてもヒットしませんでした」
その言葉には、何度も何度も答えを探し続けた者にしか出せない、深い疲労が滲んでいた。
「けど、ひよりは、自分が不妊だったから
有栖を死なせてしまったんだって
さらに自分を責め続けてたんです」
「なるほどね・・・」
宗太郎の話を聞き、美月はひよりが抱えている苦しみを理解した。
「自分が不妊じゃなかったら、もっと普通の
子供として産ませてあげられていたんじゃないか
ってひよりさんはそう思ってるって事ね」
「そうなんですよ・・・」
宗太郎は俯いたまま、小さく答える。
「俺もそれは違うと何度も言いました
ひよりは悪くないって」
けれど、どれだけ言葉を尽くしても、その声がひよりの心に届くことはなかった。
「俺が何度そう言っても、ひよりは
ただひたすらに自分を責め続けました」
宗太郎は悔しそうに拳を握る。
「俺の言葉は、ひよりを勇気づけるどころか
劣等感を与えて更に追い詰めただけでした」
美月は何も言えなかった。
愛する娘を失った悲しみ。
その原因が自分にあるのだと思い込み、出口のない罪悪感に囚われ続けるひより。
そして、そんな妻を救おうとするほど、逆に傷つけてしまう宗太郎。
二人がどれほど苦しい時間を過ごしてきたのか、美月には想像することしかできなかった。
「けど、そんなひよりが
ある時笑顔で帰ってきたんです」
宗太郎の言葉に、美月が顔を上げる。
「『有栖が生きてた』って言って・・・」
「え?どう言う意味?」
宗太郎はポケットからスマホを取り出した。
「これです」
スマホを操作し、一枚の画像を美月へ見せる。
画面に映っていたのは、ショーケースの中に飾られた一体の人形だった。
「なに・・これ・・・日本人形?」
「はい・・・」
宗太郎によれば、その人形はひよりが滅多に通らない道を偶然歩いた際、その先にあったリサイクルショップで見つけたものらしい。
「でも、これが娘って──」
美月は戸惑いを隠せない。
「赤迫先生の言いたい事は分かります
ですが、その日以来、ひよりはまるで本当に
有栖が生き返ったかのように明るくなったんです」
宗太郎は苦しげに続ける。
「人形に有栖って名前をつけて、毎日
食事の用意をしたりして生活してるうちに
ひよりは今までの沈み具合が嘘だったみたいに
笑顔を絶やさなくなりました」
美月は黙ったまま、宗太郎の話を聞いていた。
終世寄り添うと違った愛する妻が笑顔を取り戻した。
本来なら、それは喜ぶべきことだったはずだ。
しかし、その笑顔の理由が、亡くなった娘と同じ名前をつけた日本人形だという現実を宗太郎は受け入れる事が出来なかった。
「俺も最初は、ついに耐え切れなくなって
現実逃避を始めたんだ、そう思いました」
宗太郎はそこで一度言葉を詰まらせた。
「俺・・・そんなひよりが見てられなくて」
そして何度も、人形を有栖と呼ぶのをやめさせようとした。
けれど、そのたびにひよりは頑なに拒んだ。
宗太郎の目に映るのは、ただの人形。
しかし、ひよりにとって、それは亡くなったはずの愛娘、有栖そのものだった。
コメント
1件
×××さん、今回のエピソードめっちゃ重くて胸が締め付けられたわ…。SIDSで娘さんを失って、自分を責め続けるひよりさんと、どれだけ言葉をかけても届かないもどかしさを抱える宗太郎さん。お互いを想えば想うほどすれ違っちゃうの、本当に辛いよな。「人形=有栖」って生きがいにしてるひよりさんの姿に、心の闇の深さを感じた。この夫婦の行方、めっちゃ気になるし引き続き見守るわ🔥