~一週間後~
それからも俺とアカリの通話(受験勉強)は続いていた。通話越しだけでもわかるほど、彼女の学力は伸びてきてきている気がしている。
ノートに文字を書きながら彼女は俺にこう聞いてきた。
「聡さんはこのドリームフォンを完成させてなにをしたいんですか?」
俺はその問いに、すぐに返すことができなかった。考えたことがなかったことがなかったからである。
俺の夢はドリームフォンを完成させること。その後のことなど何も考えてない。俺は彼女の問いにこう返した。
「そうだな。正直考えたことがなかったよ。この前京太くんにはああ言ったが、せっかくドリームフォンが完成したなら、世間に公表してドリームフォンを普及させたいかな。俺と同じように時空を超えて話をしたいやつも多いだろうからね。」
俺の答えを聞いて、アカリはこう言った。
「それはいいですね。聡さん世界で有名になれますよ。私は聡さんほどすごい人になりたいわけじゃないんですけど、優秀な医者になってたくさんの人を救いたいんです。お母さんみたいな人を一人でも減らしたいから。私やお父さんみたいに悲しくつらい思いをする人も減らしたいんです。」
アカリはこう続けた。
「実はお母さんは医療ミスで死んだんです。手術中に。すぐ死ぬほどの病気ではなかったんですけどね。お医者さん達も全力でやってくれてたんだと思います。でも彼らが優秀では無かったからお母さんは死んだ。どうしてもそう思ってしまうんです。」
壮絶なアカリの過去に俺は言葉が出なかった。しばらく沈黙が続いた後、俺はこう返した。
「そうだったんだな。心配しなくても君なら優秀な医者になれるさ。周りから信頼され、たくさんの命を救える医者にね。」
俺の言葉に対しアカリは「ありがとうございます」と笑みをこぼしながら答えた。
通話を終え、俺はこれまでの自分のやってきたことについて考えていた。
俺の夢は時空を越える装置を作ること。だがその夢は、アカリの夢を聞いた後だと何とも独りよがりな夢に思える。
俺はこれまでの人生を周りの恵まれた環境に甘え、働きもせず、自身の夢を叶えるためだけに使ってきた。俺はこれで良かった。夢を追う生活はそれなりに楽しかったからである。
だが、そこから何が生まれてきたのだろう。親や弟に迷惑をかけ、周りに良い影響も与えない。俺はこのままで良いのだろうか。アカリの話を聞き、そんなことを考え始めていた。
~4日後~
今日もドリームフォンで通話をしながら、アカリと勉強をしていた。この通話を始めてもう二週間ちょっと。俺の日課となったこの通話は、俺にとって大切なものとなっていた。もちろんアカリの存在も。
”ガチャっ”
鍵の開く音がした。京太が来たのだろうか。しばらくすると誰かが部屋に入ってくる音がした。アカリは驚いた顔で部屋の入り口を見つめながらこう言った。
「え?あ、あなただれですか?」
京太じゃない?するとホログラムは部屋に入ってきた人物を写し出した。
その人物は覆面を被り、全身黒い服をきている。そして手には刃物。アカリが危ない。そう思い始めた頃には、アカリは覆面に腹を刺されていた。
アカリは刺された場所を抱え込みながら横に倒れていった。俺は叫んだ。
「アカリ!!!」
アカリからの返事はない。一瞬の出来事ではあったが、俺にはあまりにも遅く感じた。覆面が口を開く。
「この装置を通してお前に告げる。今すぐドリームフォンの研究を辞めろ。貴様がドリームフォンをこの部屋に送ったばかりに、倉本燈は死ぬのだ。よいか?ドリームフォンの研究を辞めるのだ。」
ボイスチェンジャーがかかった言葉を言い残し、覆面は部屋を出ていった。
俺は何が起きているのか分からないまま、苦しそうにしているアカリの名前を叫び続けていた。するとアカリが俺に向かってこう言った。
「聡さん、私、死ぬみたいですね。夢を叶えたかったな。私のことなんて、気にしないでいいから、どうか聡さんは夢を叶えてくださいね。」
アカリはこう続ける。
「私、聡さんに嘘をついてました。実は私のいる今の’ザザ’は’ザザザザ’です。’ザザザ’の言う’ザザザザザ’て。私はあなたに謝らないといけない。」
ノイズのせいで何と言っているのか分からない。まだそんなに長時間通話をしてないのに。
いや、そんなことどうでもいい。アカリが助かれば。だが、アカリは俺にこう言った。
「今まで、ありがとう、聡さん、さようなら。」
その言葉を最後に、アカリは目を閉じた。俺は何もできずに、ただ動かなくなったアカリを見つめていた。
そしてしばらくすると、ドリームフォンは煙を上げ始め、機能が停止した。
~数年後~
俺は今、実家でバイトをしながら暮らしている。アカリの件以降、俺は研究を辞めてしまった。
アカリを刺した覆面は、俺がドリームフォンをアカリに送ったからアカリは死ぬと言った。ならばアカリが死んだのは俺のせいだ。
優秀な医者になりたいという立派な夢を持ったアカリを、苦しく悔しいはずなのに死ぬ間際でさえ俺の夢を応援してくれたアカリを、殺したのは俺だ。そのような自責の念に駆られながら日々を暮らしていた。
俺はあの後、アパートを追い出された。家賃を滞納したからだ。
あかりが死んでしばらくは何もできない日が続いていたが、親からせめて家賃ぐらいは返せと言われ、バイトを始めた。今日はアパートの大家に直接お金を渡しに行く。
俺はアパートの近くにある公園の前で大家と待ち合わせをしていた。俺が待ち合わせ場所に着いてしばらくすると大家が現れた。
俺は大家に滞納していたお金を、「今まで申し訳ありませんでした」と言いながら渡した。すると大家はこう言った。
「まぁ、君は返してくれたから良かったよ。君の前にあの部屋に住んでいたおじさんなんてまだ滞納している分を返してくれてないからね。」
前に住んでいたおじさん?倉本燈ではなくて?俺は大家にこう聞いた。
「前にあの部屋に住んでいたのは女子高生ではなかったのですか。」
すると大家はこう答えた。
「いや、違うよ。君の前にあの部屋を借りていたのは、40代の男の人一人だったよ。」
まさか。もしかして。俺は大家にこう聞いた。
「その、今あの部屋を借りている人はどんな人ですか?」
大家はこう答えた。
「あんまり個人情報だからいいたくないけど。まぁ、お父さんが契約者で住んでいるのは娘さんだよ。娘さんは高校生だね。今大学受験前で忙しいみたいだよ。」
俺がドリームフォンをアカリの部屋に送ってからもうすぐ3年。俺はずっと勘違いをしていたんだ。
”3年前”に送ることができたと思っていたドリームフォンは”3年後”に送られていたのだ。
なぜアカリが2027年だと答えたのかは分からない。だがそんなことはどうだっていい。要は今からアカリを助けることができるということだ。
俺はすぐさま家に帰り、どうすればアカリを死なせずに済むかを考え始めた。
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