風の無い朝、いつもは森の騒めきに掻き消されている鳥の鳴き声がとても良く聞こえた。そんな中、森の魔女は結界の揺らぎを感じて目が覚めた。
「あら。張り切ってるのね」
ふふふと小さく笑うと、外に向かって魔力を飛ばす。自らの契約獣への「おはよう」の挨拶だ。すぐに賑やかな鳴き声の返事が館の庭に響き渡った。
「朝からブリッドは元気でしたね」
「もしかして、あれで起きた?」
「ううん、あれの少し前には目が覚めてたけど、いきなりの大鳴きでビックリしました……」
朝食で一緒になった葉月の言葉に、まさか自分がオオワシを構ったからだとは言い出せず、ベルはふふふと笑って誤魔化した。放っておいてもブリッドは一人で静かに待っていられる子なのだが。
今日はまた森の探索に行くと宣言していたけれど、昨晩はちゃんと眠れたようで葉月の顔色はとても良さそうだった。魔力疲労寸前の調薬作業と、眠りを促す薬草茶の効果がとてもよく出たみたいだ。
いつでもどこでも眠れるベルとは違い、葉月は少し環境が変わったり、気持ちが揺らぐだけで眠れなくなる。心配事があったり、不安になった時は勿論だが、テンションが上がり過ぎても勿論ダメ。遠足や旅行、試験などの前日は大抵眠れず、当日は睡眠不足になっていることが多かった。
そのことに気付いてからは、ベルは薬草茶には入眠や安眠効果のある葉を加えることが増え、葉月の為にといろいろ調べていく内にその辺りの薬草の知識はかなり増えた。
変わり映えのしなかった単調な毎日が、少しずつ変わっていく。そして、それを楽しいと感じている自分自身に一番驚いている。
出掛ける準備を整えてから葉月が館の庭に出ると、ブリッドが見慣れた木箱の隣に、翼を畳んでお行儀良く控えていた。
「え、飛ぶってそういうこと?」
前の探索の終了地点まで戻ると聞いた時、ベルはさらっと「飛んで行くわ」と言っていたのを葉月は完全に聞き流していた。そういう便利な魔法があるんだな、程度に都合よく受け取っていた。
――そう言えば、転移魔法は聖獣しか使えないって聞いた気がする……。あ、てことは、くーちゃんなら出来るんじゃ??
木箱の匂いを嗅いだ後、嫌がるブリッドにじゃれついている愛猫には魔法を発動する気配はない。そもそも猫の使う転移魔法は異なる世界間の移動だけで、どこでもド〇的な移動には使えないのかもしれない。もし出来るのなら、目的地まで一瞬なんだが、そう上手くはいかないようだ。
マーサに笑顔で見送られ、ベルに急かされて渋々という面持ちで木箱へ乗り込むと、当然のように猫も一緒に箱に入って来た。今日も自力では飛ぶつもりが無いらしい。葉月の膝の上にちょこんと座りに来ていた。
魔女の合図で飛び上がったオオワシは、安定感のある静かな飛行で葉月達を見覚えのある場所へと送り届けてくれた。事前に地図で確認したところ、トラ猫と魔導師が出会った洞窟はかなり近くにあるはずだ。
くーと一緒にその場で待機していると、第二便でベルがブリッドに運ばれて来た。そう、これは飛ぶというよりも、運ばれるという方が正しい。どうにも騙された感が否めない。
「ありがとう、ブリッド」
木箱を返しに館へと戻っていくオオワシへと手を振って見送る。すぐに戻って来て、また空を旋回しながら見守ってくれることだろう。
ベルは空から見た景色と地図とを頭の中で照らし合わせ、猫が歩き始めた方角を確認していた。予想していた例の洞窟とはまた違う方向に、眉を寄せて思い返そうとした。この先にあったのは、確か――。
「古代竜が封印されていた、遺跡?」
「みゃーん」
進路を塞ぐように横たわっている倒木に軽く飛び乗って、猫が返事をする。当たり、ということなのだろうか。葉月は竜という単語に怯えていたが、ベルからそれはきっと大丈夫よ、と言われ胸を撫でおろしていた。そこにいた古代竜は猫達によって討伐されている。
そしてその場所は、猫達と魔導師が最後に別れた場所でもあったはずだ。
「遺跡なら、そう遠くはないわね」
地図上で見た限り、半日もあれば辿り着くだろう。歩いている内に、いつの間にか追い付いたブリッドが頭上高くを旋回しているのが目に入った。木々が密集している所では枝や葉で遮られて見えないが、常に上にいてくれると思うと安心だ。
途中、少し開けた空も見える場所で休憩を取ると、ブリッドも降りて来て羽を休めていた。朝からずっと飛び続けなのだから、オオワシと言えど疲れているだろう。ベルから出してもらった水を夢中で飲んでいた。
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