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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
「お義母《かあ》様?!」
櫻子の驚きと同時に、勝代が、おひねりの取り合いの波に巻き込まれ、倒れこんだ。
「わ、私は、何も!!」
「お黙んなさいな!櫻子さん!そうでなけれは、誰が、こんな騒ぎを思いつくの!!」
きゃーきゃーと、大騒ぎしながら、鳴り物衆が、相変わらず我先にと降り注いでくる、おひねりを取り合っている。
勝代の怒りは、あっさり騒ぎに掻き消され、転がり込んだ勝代を庇うように圭助が、再び、金原へ声をあげた。
「どうゆうつもりです!金原さん!なにも、今、こんなことをしなくても!」
慌てふためく柳原家の面々を、金原は、ちらりと見やり、それでも、おひねりをばらまくのを辞めようとはしない。
「ははは!こりゃ、なかなか、面白い!おいおい!ここにもあるぞ!」
高井子爵が、足元に散らばるおひねりをかき集め、取り合っている皆へ向けて投げつけた。
再び、わあっと、歓声があがり、場は混乱を極めた。
「明さん!」
子爵の母が、眉を吊り上げている。
「おや、母上。まあ、そうお怒りにならんでも。祝いの席の余興ですよ!」
「……では、芸者を囲うのも、余興ですか?」
「いや、亀松のことは、本気です。落ち着けば、屋敷で共に暮らしてもいいと私は思っておりますが?」
高井子爵のとんでもない発言に、子爵家の皆は、またかという具合に渋い顔をする。
「では、明さん。妾を本宅に住まわすおつもりなの?それも、芸者あがりを……」
目一杯の嫌みのような、侮蔑のような母親からの言葉にも、高井子爵は、動じることもなく、にこやかに、はい、と答えながら、騒ぎから避けるように、入口近くで控えている亀松に視線を移した。
そんな子爵の姿に、全てを見たのか、高井子爵家の一同は、呆れ果てている。
しかし、珠子は、何が起ころうとしているのか理解したようで、
「お、お母様!」
勝代へ蒼白な面持ちを向け、小さく叫んだ。
勝代も、子爵のまさかの発言から、娘、珠子の行く末の危うさを感じ取ったようで、今度は、子爵へ抗議する。
「どうゆうことですか!し、子爵様!!妾など!!」
「……それも、男の甲斐性というもの。これは、高井家の話です。そちら、柳原家からの口出しは無用かと。それよりも……珠子さん以外にお嬢さんがいらしたとは初耳ですわ。それも、借金と引き換えに嫁入りとは、柳原家は、どうなっているのでしょう?」
勝代の苛立ちを、あえて刺激するかのような子爵の母親からの言葉に、はっと、勝代は息を飲み、傍にいる圭助を仰ぎ見るが、さすがに、圭助も困りきるばかりだった。
「明さん。このばか騒ぎのお陰で、なんだか、頭が痛いわ。今日のところは引き上げましょう……」
さあ、皆さんと、子爵の母は、並んで座る縁者へ声をかけた。
ここで、お開き、ということは、完全に高井子爵家を怒らせてしまっている。正しくは、実権を握っているであろう子爵の母を……。
珠子も、意味を悟ったようで、ポロポロと涙を流していた。
「た、珠子!大丈夫よ!高井子爵様!誤解ですわ!!どうか、お気を静めてください!」
「た、高井子爵様!」
勝代も圭助も、さっと座り直し、居ずまいを正すと、二人して頭を下げた。
「まあまあ、確かに、収集がつかんことになりましたなぁ。今日の所は、ここで……」
当の高井子爵までが、引き揚げると言い出しては、柳原家の一同は、ぎょっとするばかりで、ただ、圭助と勝代を見つめるしかない。
その間に、子爵家一同は、腰をあげ、散らかり放題の部屋から退室し始める。
「ま、待ってくださいまし!」
勝代が悲鳴のような声をあげて、なんとか、引き留めようと試みたが……。
「今後のことは、改めてお話したほうが良さそうですわね」
子爵の母は、ぷいと顔を背けて、一言で片付けてしまう。
「おや、もうお開きですか?」
そこへ、金原が、おひねりをばらまく手を止め空々しく言った。
「……なんてことを……!!」
勝代は、怒りからか、苦しげに肩で息をしつつ、さっと顔をあげて、声の主を見定めた。
そして、同時に、飛び込んで来た櫻子の姿に、かっと目を見開くと、傍に転がっている徳利を掴む。
「櫻子!!あんたが、あんたが、いなければ!!!こんなことにはならなかった!いったい、どうしてくれる!!」
ガシャンと陶器の割れる音がして、必死の形相を浮かべる勝代は、立ち上がると迷い無く櫻子へ突き進んで行く。
「櫻子!!!」
金原が、とっさに、櫻子を突飛ばし、勝代の盾になろうと仁王立つ。
同時に、ぶすりと、洋服生地が裂ける嫌な音がした。
勝代が持っていた割れた徳利が、金原の腹部に刺さっていた。
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