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「大丈夫ですか、真帆先輩!」
上空から降りてきた鐘撞さんや榎先輩、肥田木さんたちが、僕らと並んでホウキを飛ばす。
「さぁ、どうですかねぇ」と真帆は後ろを見やり、「どうせすぐ追いかけてくるでしょう――ほら」
真帆の指さすその先で、身体中に葉っぱをくっつかせた乙守先生が、鬼のような形相でホウキをぶっ飛ばしてくる姿が僕らの目に飛び込んできた。
「それで、何か作戦は思いついたの、真帆!」
鐘撞さんの後ろで、榎先輩が期待するように口にしたのだけれど、
「いいえ、全然?」
あっけらかんと真帆は言い放つ。
「ま、真帆先輩、どうするんですかぁ〜!」肥田木さんも焦りながら後ろを振り向き、「ものすっごい速さですよ、乙守先生! こんなんじゃ、すぐに追いつかれちゃいますよ〜!」
「さ〜て、どうしましょ〜かね〜?」
ふふふん、と鼻歌混じりに口にする真帆は、事態に対して異様なほど楽しそうだ。
どういうつもりなのか解らないけれど、巻き込まれている僕らのことももっと考えて欲しいところである。
真帆は肥田木さんに顔を向けると、
「つむぎちゃんは無理して私に付き合わなくていいんですよ? つむぎちゃんの指導員、乙守先生ですよね? このままだと破門されちゃうのでは?」
「そ、そうですけど! い、いい、いまさら手遅れですよ〜!」
泣き出しそうな表情で答える肥田木さん。
……あとで謝れば許してくれるだろうか? 真帆がこれ以上乙守先生を怒らせるようなことをしなければ、もしかしたら、あるいは、きっと、たぶん――大丈夫だったら良いなぁ。
なんてことを考えていた次の瞬間、僕らのすぐ横を、たったいま地面から引き抜かれたのであろう巨木の幹が、轟音をたてながら前方へと飛んでいった。
当然、僕らは思わず眼を見張る。
木の幹は目の前の森の中に爆音と共に落下していったかと思えば、砕けた木々の欠片や枝、粉塵や土埃をを辺りに盛大に撒き散らし、僕らはそれから逃れるように必死に避ける。
「怖い怖い! 怖いって!」
榎先輩が悲鳴をあげる。
「榎先輩、しっかり捕まっていてくださ――きゃあぁっ!」
鐘撞さんが最後まで言い終わらないうちに、今度は風の渦が僕らに向かって襲いかかってきた。
鐘撞さんのホウキはもろにその風に巻き込まれてしまい、悲鳴と共に鐘撞さんと榎先輩の身体が地面に叩きつけられる。
「なっちゃん! あおいちゃん!」
これには真帆も目を丸くして後ろを振り向き、慌てて止まる。
同じく肥田木さんもほうきを止めて、地面にうずくまるふたりを心配そうに見つめた。
苦痛の呻き声を漏らすふたりのそばに、乙守先生がゆっくり降り立つ。
「……さぁ、ふたりは捕まえたわ」
乙守先生が言いながら手をかざした途端、ふたりの身体を、金色に輝く光の縄が縛り上げた。
「ちょ、何するんですか!」
榎先輩が恨めしそうに、仁王立ちする乙守先生の姿を見上げる。
「今すぐ解いてください!」
鐘撞さんの言葉に、けれど当然のように乙守先生は首を横に振って、
「あなたたちはしばらくそうして大人しくしていなさいな」
それから僕らに視線を向ける。
「肥田木さん、あなたはこちらに来なさい。これ以上私に逆らうなら、破門処分にしてもかまわないのよ?」
にやりと口元を歪める乙守先生に、肥田木さんは真帆と乙守先生を交互に見やる。
真帆はそんな肥田木さんに、深いため息を吐いてから、
「……大人しく乙守先生に従ってください。無理して私に付き合う必要はないって言ったじゃないですか」
「で、でも、それじゃあ、真帆先輩が」
言い淀む肥田木さんに、真帆はにっこりと微笑んで、
「私のことは大丈夫ですって。ほら、早く乙守先生のところへ」
「……はい」
肥田木さんはゆっくりと、真帆の顔をちらちら見ながら、乙守先生の方へホウキを向かわせる。
乙守先生はそんな肥田木さんに、「良い子ね」と声をかけて、
「さぁ、あなたたちも、観念して降りてきなさい。悪いようにはしないわ。普通の人間と同じ寿命を手に入れられるのよ? シモハライくんと同じ時間を過ごすことができるようになるのよ? いったい、何がそんなに不満だっていうの?」
「何もかも不満に決まっているじゃないですか」
真帆ははっきりとそう口にして、
「私のことは私が決めます。あなたに従うつもりはありません」
「……へぇ、そう。それがあなたの答えなのね。わかったわ。けど残念だけど、これはもう決定事項なのよね。さっきから何度も言ってるでしょ?」
言うが早いか、乙守先生は手にしていたホウキを大きく一振りして見せた。
その瞬間、虹色に輝く巨大な魔法陣が宙に浮かんだかと思えば、その魔法陣がものすごい速さで僕らに迫ってきたのである。
「――覚悟しなさい!」
真帆もそれに抗おうと片手をかざし、大きな風を巻き起こしたのだけれど、それはただ突風が吹き荒れただけで魔法陣には何の効果も及ぼさなかった。
徐々にこちらに迫り来る魔法陣に、真帆が「ちっ」と舌打ちをした次の瞬間。
「――ふぎゃぁっ!」
乙守先生の顔面に、どこからともなく黒猫が舞い降りてきたのである。
黒猫の身体に顔面を覆われた乙守先生の魔力は酷く乱れたらしく、一瞬にして僕らに迫っていた円陣が消失する。そして真帆のはなった突風に、乙守先生の身体は数百メートル後方へと吹き飛ばされていったのだった。
寸でのところで黒猫は乙守先生から飛び退き、吹き飛ばされていく乙守先生を見やってから、トテトテと僕らの方へ歩いてくる。
「……間に合ったみたいだな」
その黒猫は誰あろう、真帆の使い魔たる、セロだった。