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二月に入り、圭はいつも通りに出勤すると、ロビーの一角にある掲示板に、人集(ひとだか)りができていた。
(何だ? 何か重要な事が告知されてるのか……?)
圭は歩みを速め、掲示板に向かっていくと、社員たちの声が、少しずつ耳に入ってきた。
『……え? この時期に人事異動?』
『まぁ…………通常なら、ありえないよな』
『…………に、しても、ずいぶん急じゃない?』
『…………社長も、思い切った事をしたよね』
『…………副社長から降格だろ? あの御曹司、何をやらかしたんだ?』
否応なしに飛び込んでくる好奇心丸出しの声に、圭は目を見開かせると、人混みを掻き分けながら、慌てて掲示板の前へ向かう。
黒山の人集りが波を引くように、左右にサーッと分かれていき、散らばっていった。
『二〇二五年二月三日 副社長 葉山圭殿
辞令
二〇二五年二月三日をもって、DTM事業部 課長に任命する。
ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツ 社長 葉山武』
掲示板に貼り付けてある一枚の紙切れに、圭は目を疑った。
(…………俺の…………降格……辞令……?)
発令日と受令日は今日の日付。
「…………マジ……か……。何だよ……これ……」
誰に言うわけでもなく、ポツリと零す圭は、先月、社長でもあり、父が言っていた言葉を、ようやく理解した。
「旅に出てこいって…………こういう事……かよ……」
ガックリと肩を落とした彼は、エレベーターに乗り、DTM事業部のある三階へ向かった。
DTMとは、Desk Top Musicという造語の略称で、直訳すると『机の上の音楽』。
主にパソコンを使って、楽曲制作をする事だ。
昔はパソコン以外にも、シーケンサーと呼ばれる機材で音楽を制作していたらしいが、現在はパソコンで楽曲制作をするのが主流となっている。
DTM事業部は、パソコンにインストールするDTM用のソフト、DAWと、ソフトウェアシンセサイザーと呼ばれる音源、最近では、スマートフォン向けの楽曲制作アプリを開発中だという事を、圭は耳にしている。
ピアノや管楽器を中心に業績を伸ばしてきたハヤマ ミュージカルインストゥルメンツだが、DTM事業部は、他社から大幅に遅れを取り、業績が低迷している部署。
異動先の前に立った彼は、ドアを三度ノックをした後、入室してフロアを見渡した。
「失礼……します」
部署にいる社員全員から一斉に視線を浴びせられ、彼は僅かに、身体をのけぞらせながら会釈する。
そこへ、一人の男性社員が圭に近付いてきた。