アルプス越えかとも思える、螺旋階段を昇りきり、地上へ続いているべきドアを開けると、もっとも、すでに、先に行っていたカンテラ執事が、ドアを解放したままだったのだが、見えたものは、豪華な、いや、かなり趣味の良い、シックな設えの館の内部だった。
ナタリー達が、踏み込んだのは、玄関ホールに、備わる大階段の脇で、潜り出た小さなドアが、螺旋階段の架け橋となっていた。
床は大理石、ウォールナットの階段手すりには、さりげなく、彫刻が施され、ステップには、赤い絨毯が。それらを、お約束の様に、吊り下げられているシャンデリアが、照らしていた。
「まあ!カイル!」
それは、モントルーのカジノ、いや、小粋な貴族の別宅にも、劣らない、ナタリー好みの内装だった。
「気に入ってくれたかい?ハニー?」
ええ、と、うっかり、弾けそうになったナタリーだが、ポタポタと落ちる滴に、我にかえった。
「まあ、悪くはないわ。でも、外見と、大違いね」
「あー、どうしてもさあー、海風に、やられるようで、外回りは、手を入れても、すぐに傷んでしまう。だから、自然、内装に力が、入ったみたいなんだ」
ふーん、と、ナタリーはあえて気のない返事をした。
「あー、ドレスが、びしょ濡れ、まあ、俺もだけど、浴室へ案内するよ、では」
と、カイルは、何故か大袈裟なお辞儀をすると、ナタリーを抱き上げた。
そして、大股、数段飛ばしで、大階段を昇って行く。
「ちょ、カイル!どうせなら、あの、螺旋階段で、こうしてほしかったわ!」
「ご冗談を!」
その分、快適な浴室、及び、客室をご用意しておりますのでと、また、軽々しい口調でカイルは、言うと、あっという間に、階段を昇りきった。
「おーい!これから、浴室で、体を暖める。そのあとは、客室で、体を密着させるから、こちらが呼ぶまで、静かにしておくように!」
カイルが、叫んだ。
きっと、あの、執事へ向けて、なのだろうけど、そんなこと、わざわざ言わずとも、執事たるもの、呼ばれぬうちは、ひっそりと、裏方で控えているものだ。
とは言うものの……。
「あなた、どうゆうおつもり?」
ナタリーは、言った。
「へ?どうもこうも、これからの予定、を、述べたまでだけど?」
そうだろう、そうだろう。こいつは、自分のやりたいことを、叫んだだけなのだ。
なーにが、浴室で、体を暖め、そのあと、客室で、体を密着させるだっ!
「ああ、冷えてきた、さあさあ、ハニー、二人で色々暖まろう」
「ちょっと!何を言っているの!そもそも、あなたと私は……」
その先は、言わせぬとばかりに、カイルは、口づけてきた。
しっかりと抱き上げられている、ナタリーは、逃れることもできず、いや、カイルから受けている、深い深い、官能込みの口づけに、ついつい、堕ちてしまっていた。
そんな、自分に、情けなさを感じつつも、ナタリーは、熱く情熱的的な口づけを受け止めているのだった。
「ああ、ハニー、やっぱり、君って最高だよ!」
やや、頬を上気させたカイルは、最寄りのドアを蹴り開ける。
開かれたドアの向こうは、これまた、ナタリー好みの、設えの、客室らしき部屋だった。
そのまま、カイルは、奥へ進み、再び、突き当たりのドアを蹴り開けた。
大理石仕様の部屋には、大きめのバスタブが、備わっていた。つまり、ここは、浴室なのだろうが、すでに、バスタブからは湯気が、ほんのり、のぼっている。
いつの間にか、湯が張られ、ご丁寧に、シャボンが泡立てられていた。
と、その泡だらけのバスタブへ、カイルは、ナタリーを、放り込み、自分も、ザブンと飛び込んで来る。
「どうせ、海水で、ベタベタ、使いものにならない服だ、いちいち、脱いで湯に浸かってたら、風邪ひいちゃうよ」
言いながら、カイルは、自分のシャツを脱ぎ捨て、続いて、ナタリーのドレスに手をかける。
そして、体を締め付けていた、コルセットを、手際よく脱がした。
一気に、解放感に襲われたナタリーは、あー!と、大きく伸びをした。
「じゃ、次、下着ね。結構、ごちゃごちゃしたものだから、脱ぐの手伝うよ」
「ええ、ありがとう」
と、うっかり、返事をしたナタリーは、はっと、我にかえり、 「ちょっとまった!!」と、下腹部を這うカイルの手を、跳ねのけたのだった。
結局のところ、男というものは、欲望に駆られた生き物で、その代表とも言えるのが、隣で、寝そべっているカイルなのだと、天外付のベッドの上で、ナタリーは、思いつつ、それに流され過ぎている自分を嫌悪した。
どう、言い訳しても、自分の心の内を納得させるには至らず、先程から、堂々巡りに悩まされている。
これは、仕事でもなく、プライベート。そして、付き合ってもいない、男にハニーと、呼ばれ、散々な目に合わされたにも関わらず、言うところの、体を密着させて暖めあう、という体たらく。
しかし、カイルは、嬉しげに、ナタリーへ、覆い被さると、今後の夢のような新婚生活とやらを、語るわで、ナタリーの苛立ちは増すばかりだった。
「で、ハニーやっぱり、ワイナリー経営って、いいんじゃないかなあー」
「というか、あなた、遊覧船で、キャプテンとやらと、海賊ごっこでもしてなさいよ。お似合いだと思うわ」
「あー、それもよし!あの遊覧船、結構儲かってんだよ。で、僕らのワイナリー訪問も、観光コースにいれてさあー、いいんじゃないの?」
「で、タコ料理と、白ワインで、おもてなしですか」
「おおお!!!それ、頂き!!」
カイルは、チュッと音を立てて、ナタリーの額に口づけた。
その、軽薄な行いに、ナタリーは、確信する。
こいつは、まだ、嘘を言っていると──。
いったい、なんの為に、ここまで、ナタリーに付きまとい、機嫌をとるのだろう。
「で、あなたは、何者?なんてことは、もう、いい。私に、何の用があるの?!」
「いや、いや、いや、もう、いい、なんて、冷たいなあ。もしかしたら、王子様かもしれないでしょ?!」
「でも、白馬には乗っていない。頭にタコは乗っけてたけど」
「もーー!まったくもって、失礼な!わかりました。お話しましょう。この、カイル様の事を。その前に……」
言うと同時に、カイルは、召し使いを呼ぶ、呼び鈴を鳴らした。
「まずは、着替えて、タコ尽くしのディナーと、いきますか」
──その言葉通り、通された来客用のダイニングでは、地中海料理でございます、と、サーブする例の執事がかしこまって、料理の説明をしてくれた。
要するに、捕まえたタコを茹でて、煮込んで、どうにかしたものばかり、だったのだが、さて……。
地中海料理、と、いうことは、ここは、地中海に面した場所なのか。いや、何も、地中海でなければ、地中海料理を食べてはならぬという掟があるわけではない……、そう!何より、タコより、ここは、どこ、なんだ。
メイドらしき者が、用意してくれた、ハイウエストの切り替えに、ほっそりとした見頃が続くスタイル、フランス帝政時代風の、かの、ナポレオンの妻、ジョセフィーヌが、好んで纏っていたデザインのドレスに酔っている場合ではなかったと、ナタリーは思う。
やはり、ナポレオンだけに、コルシカ島?だった?地中海の、なんとかいう島に幽閉されて……そんな、もろもろの、演出、な、わけないだろうし、と、ナタリーは、こっそり鼻で笑った。
まあ、用意してくれたドレスの着心地は、悪くない。コルセットを着けなくて良いだけ、楽だし、デザインも、実は、今の流行りの先端を行っているものだ。どこから、用意したのだろうかと、疑問は残る。
しかも、生地は、薄ものだが、もっとも、このデザインには、薄ものと、限られているのが、手触りはしごく良く、非常に軽い。相当上質な生地を使っているのだろう。
ただ、クリーム色というのが、いけなかった。
食事には、気を使う色だ。ソースが、飛び散ってしまったら、などなど、この場所がどこであるのか、から、つい、細かな事を考えているその時、
「でね、ハニー」
と、カイルが、どうやら、今回の本題について、口火を切る体制に入ったようで、こちらを、見つめてくる。
いつになく、その瞳は、真剣で、なんとなく、良家の子息を越えた、物凄いオーラを発していた。
(そうだわ、坊っちゃまですもの。並みの家庭に、育った男じゃないはず。)
などと、思いつつ、
「ええ、何かしら?」
ナタリーは、あえて、素っ気なく答えた。
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