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「何だ、願い……とは。俺にできる範囲ならいいが」
「そんなに難しいことじゃありませんから、ご心配なく」
彼は先ほどとは変わり、少し身構えたようなそんな硬い表情で私を見た。まだ警戒している、というのがバレバレだったのと、後は、私という存在の底知れなさに恐怖を抱いていたのだろうと思う。まあ、底知れない、というのは言い過ぎで、単純に理解できていないものを恐れる人間の本能が出てのことだろう。それに対しては、別に私も何も思わない。そういう感情を抱くのは正解であると私は思うから。
今、彼の中にはエトワール・ヴィアラッテアという存在が大きく居座っており、そのせいで、他のことに脳のリソースを割けないのだろうと。もとから、そういう人間だから、というのを私は把握しているため、そこも何とも思わなかった。自分が、自分でも思っている以上に冷静に対応しているのが、驚いたし、怖かった。これでは、リースに対してもう感情がないみたいじゃないかと、そう指を指されてもおかしくないのかも知れない。でも、ここに戻ってきた理由は、彼を奪われたから……そして、皆の記憶をねじ曲げて、自分本位な世界を作ったエトワール・ヴィアラッテアを改心……いや、正すためか。
こんなことを悶々と考える日々から、早くおさらばしたいが、そうもいかないので、私は、取り敢えず、今思っていることを心の奥に閉じ込めて、リースにお願い事を聞いて貰うことにした。勿論、願う事なんて一つしかない。
「今日私と会ったこと……私が、転生者だってことを、聖女様に教えないで欲しいんです」
「な、何故だ?」
「そもそも、殿下が私と喋っていること自体に、腹を立てているでしょうし、これ以上、聖女様を怒らせるわけにもいかないでしょう。それに、殿下自体、転生者だと聖女様に伝えていないのでは?」
「確かにそうだな……伝える理由もないからな」
「でしょ?だから、このまま黙っていて欲しいんですよ。アンタも……この世界の住民としていきたいって思っているなら、前世の話はしないべきだと」
「それも、そうか」
と、リースは納得してくれたような、してくれないような返事をした。エトワール・ヴィアラッテアに、まだバレるわけにはいかないのだ。しかし、リースがこれほどあっさりと話を聞いてくれたのは意外だった。本当に、前世のことはどうでもイイと思っているのか、重要じゃないのか。どちらにしても、彼が話さなければいい話なので、私は目を瞑ることにした。
「お願いできますか」
「ああ。それぐらいなら、いいだろう。だが、エトワールがよく癇癪を起こすことを知っていたな」
「え……ああ、いや、私が、恋人にそんなことされていたら嫌だなあとか思うので。あはは……殿下は、どう思います?」
と、苦し紛れに、私はリースに問いかけてみた。リースは、そうだな……と、少し考えた後、テラスから見える庭園の方に目を移した。ここからでは見えないが、きっとこの庭園の何処かに、アルベドとエトワール・ヴィアラッテアがいる。アルベドにずっと任せっきりなので、ここで、うん、と言って貰えたらその時点でここから離れるつもりだ。
リースは、私の方に視線を戻した。
「俺も、嫌だな……秘密事や、嘘をつかれるのは。もともと、人間など信用していないから、そういうことするヤツなんだと、さらに軽蔑するだけだが」
「あーそうですね……」
「お前はいいのか?婚約者を置いていって」
「あ、アルベドは、大丈夫で……私は、寛大なので!」
大きく手を広げて見せて、それとなく、自分は大丈夫だとアピールをする。確かに、婚約者であるアルベドが他の女性と話しているのに、それは大丈夫なのかと思われても仕方がないと思った。婚約者をないがしろにしている女と思われるかも知れない。
私は、汗をかきつつ、どうにか騙されてくれ、という思いでリースを見る。リースは、冷たく呆れたような目で私を見ていたが、はあ、とため息をついた後にルビーの瞳を曇らせた。
「俺の、エトワールだが、もし、アルベド・レイが、エトワールに惚れでもしたらどうするつもりだ?」
「ええっと、それは、私が困ると?」
「いや……確かにそれもそうかも知れないな。婚約者に興味を失われては、困るだろう、ステラも。そうではなく、アルベド・レイがエトワールに惚れたら、俺が困る。エトワールは、美しいからな……惚れないわけがない」
そうリースはそれが世界の常識だといわんばかりに口にする。確かに一理あり、エトワール・ヴィアラッテアも、それを狙っているだろう。けれど、それを、恋人の口から聞くのは嫌だったし、何よりも、アルベドという人間を理解していない人の口から出る言葉が私の中に突き刺さった。それこそ、厄介オタクみたいな、そんな感情に、久しぶりのそれに、私は自分でも思わず笑いが漏れてしまう。さすがに、こんな所で笑ったら恥ずかしいので、それは抑えつつ、私は挑発的に口角を上げる。
「ああ、そうですか。大丈夫です。ご心配なさらず」
「……言い切るんだな」
「言い切りますよ。だって、アルベドは、私にしか興味ないから」
と、そこまで言っていて、恥ずかしくなってきた。何が、アルベドは私にしか興味がないだ、と自分で自分のいったことを否定したくなった。だって、そうじゃないか。アルベドは、確かに私のことを気にかけてくれるし、怖いけど優しいし……でも、私だけじゃない。これまでの行動は、私の為に……っていうことが多かったけれど、それでも、彼は彼で考えて、彼の基準で動いているのであって、私にしか興味ないって。
自分が、乙女ゲームの主人公にでもなったような、そんな自分のいい方に腹が立ってきた。傲慢すぎる。
そう、一人で、ピリピリとしていれば、リースは、可笑しなヤツだなといわんばかりに私を見つめてきた。
「そうか……まあ、俺には関係無いがな」
「そそうですよ……殿下には関係無いことで……って、酷くない!?」
「事実だろう。関係無い……お前たちの関係など……俺には?」
リースは一人納得しようと頷くが、何処か納得しきれないような顔をしたが、また首を横に振った。全てに蓋をしているようなその姿に、痛みを覚えるが、またこんな所でぶつくさ言っても仕方がないと私は諦めることにする。
一段落はなしはついたところだし、と、私はこの場から一次退散することにした。収穫が全くなかったわけではないので、このことをアルベドに話さないといけないから。それに、リースにも無理をさせられない。
「では、また殿下いつか会いましょう」
「また、あう機会があるというのか?」
「せ、星流祭とか……の時に?」
「俺は、エトワールとまわるが?ステラ嬢とはまわる気がない」
「そ、そーですよねえ……で、でも、あう機会があれば!ああ、後、あの話本当に他言厳禁ですからね。お願いします」
「ああ、俺も、エトワールを困らせたくないしな」
リースはそういって、今すぐ帰れといわんばかりの顔で見てきた。そんな顔で言われたら、傷つくに決まっている。それを、相手は理解していないのだろうか。いくら周りが見えなくなったとしても、その態度は、と思う。けれど、私の中にある、リースへの気持ちはなくなることはなく、彼を元通りにしたい、記憶を取り戻して欲しいと思う。だって……今のリースは、また、昔みたいな、一人寂しい人になってしまっている気がするから。それは、嫌だった。
リースだって……遥輝だって成長したのに、それがまた元通りって、これ以上ないほど悲しいことだと思うから。
では、と私はその場を去るためにリースを避けて移動しようとした。その際、テラスの手すりに掴まったのだが、次の瞬間、何かが弾けるように、その手すりが爆発のようなものを起こしたのだ。
「え……?」
リースは、私に気づかず去って行く。そして、私は、二階から下へ放り出された。