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翌朝には王都へ向けて戻らないといけない父と娘の別れは、あっさりとしたものだった。夕食後には本邸へと馬を走らせて帰っていったジークは、ベルよりも猫との別れの方を惜しんでいるようにも見えた。
「ティグ達に会えたら、よろしく伝えてくれるかな」
「みゃーん」
片手で抱き抱えて猫の毛に顔を埋めると、ふんわりと優しい匂いが懐かしく落ち着いた。この子が居るなら、他の子だってきっと元気なはずだ。もう会うことはないと思っていた存在に再会できたことで、ずっと心の奥に残っていた何かがするりとほぐれた気がした。
猫達と共に古代竜を倒した後、その場に一人残された彼は虚しさだけしか無かった。討伐の報告に戻った時の街と自分との温度差がやりきれなかった。仲間を失ったばかりの彼が、皆と一緒に何を祝えるというのだろうか、と。
すぐに冒険者を辞めてグラン領へ戻り、しばらくは茫然と生家で過ごしていた。その後に王都へ行くことにしたのは、シュコールに行く前から誘いを受けていた宮廷魔導師となる為だった。そして、もう一つ別の理由は、王都で聖獣のことを調べる為だった。全ての書物や文献、研究者の集まる王城ならば、猫達のことが分かるかもしれない、と。
結局、自分以上に猫のことを理解している研究者はいないことだけが分かった。彼らでは想像の域でしか猫についてを語れない。
「もし、ティグが居たら?」
「それはティグが決めることだろうね」
猫はいつでも自由であるべきだ。それが彼らの持ち味なのだから。でも、魔導師ジークが懐かしんでいることだけは伝えて欲しいと言い残して、彼は森の館から去っていった。
「くーちゃんのおかげで、久しぶりに父に会えたわ」
王都の親と離れて暮らすようになってから、滅多に会うことが無かった父とこんな形で会えるとは思わなかった。今まで知ることが無かった父の過去に触れることができて、完璧な英雄だと思っていた父の人間味溢れる姿を垣間見れた気がする。
「ベルさんもいつか、王都へ行くんですか?」
宮廷魔導師の誘いが来ていると言っていたので、葉月達の問題が解決した後はベルも森を出るのだろうか。
そう言えば、ケヴィンが来た朝に手紙を書いてたって言ってたのは、宮廷への返事だったのかと葉月は察した。部屋から降りて来た時、とても難しい顔をしていたので、きっとそうだ。
「そうね。宮廷は面倒そうだから行きたくないし、それに」
向いてないと思うのよね、と自身でも再確認するかのように頷いた。尊敬する父の下で仕事をすることに憧れが無いと言えば嘘になる。
けれど、規律と人の多い王城でやっていける自信は全くない。
宮廷魔導師という職業は葉月にはいまいちピンと来なかったが、もし役所勤め的なものだとしたら、ベルには一番遠い職業だろう。好きな時に必要最低限なことしかしたくない彼女には全く不相応だ。
「猫が見つかったら、考えることにするわ」
お得意の、面倒なことは先送りにする癖が出たようだ。その悪い癖のせいで、街の薬店が長い間、回復薬不足で苦しめられていたことは忘れてしまったのだろうか。でも、そのベルらしさに葉月は少し安心した。今、彼女が王都へ行ってしまったら、葉月はどうして良いか分からなくなる。
ジークが猫と初めて会った洞窟はシュコールの冒険者の街側から森に入って半日ほどの場所だと聞いた。広大な魔の森は全てグラン領に含まれるのだが、場所によっては近隣の領地から入る方が近い。
そういったこともあり、シュコールの冒険者が受ける薬草採取や魔獣討伐の依頼の半分はグランの森に関わる案件だった。その依頼遂行の為にたどり着いた洞窟で、ジークはトラ猫と出会った。
「同じ森の中でも、ここからは遠そうですね」
改めて地図を広げて確認してみると、この館は街の東の森の中に建っていた。そして、グラン領の西に隣接しているシュコールから南下した位置となると、随分と距離があるのだ。
一旦はシュコールの街に入ってから洞窟を目指すルートも候補には上がったものの、すぐに却下された。葉月達には街に入れない重大な問題があった。猫だ。
「くーちゃんを虎の子供って言う訳にいかないものね」
「虎の要素、全く無いですしね」
茶色い縞模様だったというティグとは違い、くーの毛色は白黒だ。どうにも誤魔化し様が無い。なので、森の中を移動するルートしか選択肢は無さそうだ。
「どこへ向かえば良いのかは、くーちゃんが知ってると思うの」
この館の近くを転移先に選んだ理由は猫しか知らないが、そう遠くはないところにきっと何かがあるはずだ。