――ガタガタと揺れる車内。揺れ幅が大きいのは、これが軽自動車と呼ばれる車種だからだ。
乗り心地は御世辞にも良いとは言えない。
オレ達が連れて来られた時はセダンだったからな。
この違いは摩擦を吸収し、乗り心地を決定付けるサスペンションの違いだろう。
この二人の車からして、経済状況は芳しくないとも取れる。
大丈夫かこれ? 向かう先は救いの道処か、蛇の道は蛇なのでは? と今更ながら不安になってくる。
それにしても――
『ねぇシンちゃん、ちょっとそこ寄って。やっぱミルク買っていく』
『はいはいオッケイ』
こいつらどんな関係なんだ?
兄弟にしてはよそよそしいし、夫婦にしては若過ぎる。
もしかしてアレか? 恋人同士とかいう訳の分からん関係の制度。
何故か人間だけが、そんな中途半端なのを好みやがる。
やっぱり人間は変な生き物だ。
「――それにしても良い人に拾われたみたいだし、良かったわねアタシ達」
「でもママが……」
「もう諦めなさいって。あの人達はママの飼い主とは違うのよ」
車内道中、落ち着いたのか兄弟達でそんな馬鹿なやり取りが交わされる。
「きっとこれから夢のような、新しい生活が始まるのね」
「う……うん。でもボク上手くやっていけるかなぁ……」
夢とか希望とか呑気な連中だ。安心するにはまだ早かろうに。
門前払いだって有り得る。人間を信用しきるのは余りにも愚の骨頂だ。
「大丈夫よ。早く着かないかなぁ?」
何を根拠に大丈夫だ馬鹿が。
この先にあるのはヘブンズゲート処か、ヘルズゲートが待ち受けているかもしれないのだ。
その時にはスタートリターン処か、保健所ガス室行きの可能性を何故考えない?
不意に揺れが収まり、エンジン音が途絶えた。
着いてしまったのだ。三途の河原、地獄の一丁目へと。
ここからではその獄土を伺い知る事が出来ない。
眼前に聳えるダンボールが、まるでプリズンアルカトラズだ。
「あら着いたみたいよ? 楽しみ~」
それでも尚、此所が天国だと信じて疑わない兄弟の単純な思考回路が羨ましい。
なすがままされるがまま、逃げ場は何処にも無いというのに。
『さあ着いたぞお前達』
空間から顔を覗かせ、ダンボールの端を掴む男の表情が、まるで裁定を下す閻魔の笑みのようにも見える。
『すぐに連れて行ってやるからな』
連れていくだと?
いきなり最終地獄のコキュートスへとか?
死は受け入れてはいても、地獄は正直勘弁してほしい。
人間が持つ裏の笑みが、こうまで恐ろしいものだったとは。
オレの心音が悪い意味で高鳴る。
ゆらり揺られて生前の走馬灯。
思えば大した猫生非ず。
浄玻璃の鏡に映るは罪の面影――って、オレの罪って何だよ馬鹿。
もはや思考もおぼつかない。願うは減罪。
男に抱えられて進むのが、まるで未来永劫、悠久の刻にも感じられた刹那――
『ただいま~』
女の断罪の掛け声と共に鳴り響く、ガラガラーンとした取手音。
遂に開いてしまったのだ。
ヘルズウォーゲート……オープン!
辺獄に踏み入れた瞬間、それまでの凍てつくような寒波とは裏腹の、生温い地獄特有の魔気に覆われたのだ。
『姉ちゃんおかえり、あっ! シンちゃんいらっしゃい』
『なんじゃぁ~その箱は~?』
途端に投げ掛けられる獄卒達の声。
どうなるんだオレ達というかオレ?
『お邪魔します』
『もう大変だったよ』
獄卒達で審議だ。オレ達の行き先を。
女と男の手により、オレ達の躰は持ち上げられ、アルカトラズから移送される。
裁判の席へと――
見知らぬ獄土に、流石に能天気な兄弟達も言葉が出らず震えていた。
だから言ったろうに……。いや言ってないがもう遅い。
『わぁ仔猫じゃん! 拾ってきたの?』
最初の男よりは幾分か若い。しかし少年にしては肥満気味の男が、オレ達に興味津々な瞳を向けていた。
『そうよ。はいサトちゃん、取り敢えずミルク温めてきて』
すぐに直感した。間柄からこの二人は姉弟だろう。
地獄少女ならぬ地獄姉弟か。
姉の方は痩せてるのに、弟とのアンバランスな構図にオレは失笑を隠せない。
『おっけぇ! 温めてくるよ』
弟は姉から“ブツ”を受け取り、重そうな身体とは裏腹に軽快な動作で使命を全うしにいく。
こいつの格付けは冥府の裁判官、ミーノスに位置するのだろう。
ミーノスにミルク、上手いなオレ。
我ながらその絶妙な比喩に自己満足な悦に入ってしまったが、事態が未だ危機的状況である事に変わりはない。
「どうなるのアタシ達……」
「こっ……恐いよ!」
それはオレが知りたい。
ようやく自分が置かれた立場を理解したのか、兄弟達も不安を募らせていくがもう遅い。
オレ達の命運は奴等の手のひら。気まぐれな獄卒の指示一つで、オレ達の地獄等級が決定するのだ。
せめて……
せめてオレだけは、コキュートス行きは勘弁してほしい。
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