月遊び

母との温泉旅行から帰ると美月はまたいつもの生活に戻った。

職場とアパートを往復する日々。途中一度亜矢子と食事に出かけ実家に数回立ち寄った以外は、ほとんどアパートで過ごしていた。

夜はSNSの天体写真グループのメンバーとの交流を楽しみ、海斗の兄・航と直接メールをやり取りして画像加工のレクチャーを受ける。そのお陰で美月の画像加工の技術は確実にアップしていた。

海斗はコンサートの合間を縫って美月に頻繁にメールをくれた。時にはその土地の観光名所や名物料理、コンサート会場でのリハーサルの様子等を写真に撮って小まめに送ってくれた。

海斗が今どんな場所でどんな毎日を送っているのかを教えてくれるので美月は海斗からの連絡を楽しみにしていた。

そんな中、美月は体調に異変を感じていた。確実に自分の中で何かが変化している。

この日美月は仕事帰りに駅前の薬局で妊娠検査薬を買って帰った。

気のせいかもしれない、でももしかしたら……そう思い念の為自分で検査してみようと思った。

アパートに戻るとすぐに検査薬を試してみた。

結果を待っている間、今までに感じた事のない緊張でドキドキしていた。

そしていざ検査薬を見るとそこにははっきりと「陽性」を意味する印が浮かび上がっていた。

（自分のお腹の中に海斗との赤ちゃんが……）

次の瞬間美月はむせび泣いた。

前の結婚生活で美月は子供を望んでいた。しかし健太との間には子供は授からなかった。

いや、それ以前に二人の夫婦としての関係はかなり早い時期に破綻していたので子供など出来るはずもなかった。

その後健太の浮気が発覚したので母親になるという美月の夢は儚く消えた。

そして夫婦の距離はどんどん広がり結局は離婚に至る。

だから美月は母親になるという夢はもうとっくの昔に諦めていた。

しかし海斗と知り合ってまだそれほどの時間が経っていないのにこんなにすぐに授かった。

美月はその時神様から母親になる許可を与えられたような気がしていた。

美月は涙を流しながら両手をそっと自分のお腹の上に当ててみる。

ここで今確実に小さな命が芽生えている。

美月は愛おしさでたまらなくなりその小さな命をぎゅっと抱きしめるように手のひらで優しくお腹を包み込んだ。

美月は妊娠の事は海斗に直接会った時に伝えようと思った。

だから海斗からメールが来てもこの件については一切触れないようにしようと心に決める。

新しい命を授かった美月は、今までの美月とは確実に違っていた。

何があってもこの小さな命を守り抜くと決心した美月は、更に強く更に美しく輝いていた。

次の日美月は仕事が休みだった。

美月には早くもつわりのような症状が出ていたので朝はフルーツ系のヨーグルトとミルクティーだけの軽い朝食にした。

その後いつもはあまりつけないテレビを朝からつける。

今日はこれからワイドショーで海斗のバンドのツアーの密着が放送される。美月はその特集をとても楽しみにしていた。

そしていよいよ『solid earth全国ツアー』の特集が始まった。海斗達は今大阪公演の真最中だ。

テレビには海斗がホテルを出るシーンからリハーサル風景、合間での食事のシーンや休憩の様子が映し出される。

特に迫力だったのはリハーサルシーンだ。普段ふざけてばかりの吉田、山崎、中島の三人が真剣な表情でリハーサルを行っている。そしてもちろん海斗も真剣そのものだった。

途中海斗がメンバーに対し大きな声で注意を促す。そこからはかなりの緊張感が伝わってくる。

普段見られないリハーサルシーンからは彼らが音楽に打ち込む真剣な姿が伝わってきた。

やがて特集が終わった。それと同時に美月の携帯が鳴った。電話は海斗からだった。

午前中に電話が来るのは珍しい。

「シンデレラさんはワイドショーの特集見てくれた？」

「うん、今見ました。皆凄く真剣な表情でリハーサルしていて素敵だった」

「お褒めにあずかり光栄です」

海斗はおどけて言うと美月の最近の様子を聞いた。

美月は特に変わりはないと答えて妊娠の事には触れずに仕事の話や他愛のない話でごまかした。

元々嘘をつくのが下手な美月は細心の注意を払って海斗に妊娠の件を隠す。

すると海斗は結婚式についての具体的な内容を美月に話し始めた。

二人はツアーが終わってからごく親しい身内を集めて結婚式をする予定にしていた。

その式場の候補に、

「場所はあの時の葉山のレストランでもいいかな？」

と海斗が言う。もちろん美月は了承した。思い出のレストランで式を挙げられるのは嬉しい。

日程は美月の誕生日でもある11月8日を押さえたと言った。海斗はその日は満月だよと嬉しそうに笑う。

美月は結婚式の日程と場所が決まり少し緊張してきた。

美月は自分の身体がその特別の日にきちんと対応できるだろうか？　という不安が少しあった。既につわりも出ているので体調の事がかなり気がかりだった。

その時海斗は何かを察知していた。何か美月は不安を抱えている？　結婚に対して不安になっているのだろうか？　それとも離れている寂しさから不安になっている？　海斗は心配になる。

「隠していてもわかるよ。心配事があるだろう？　全部言ってごらん、すっきりするよ」

海斗はいつものように美月を誘導する。しかし美月はなんとか誤魔化して海斗との電話を切った。

電話を切った後、海斗は考え事をしていた。

美月は絶対に何かを隠している。それが何なのかは全く見当がつかないが結婚式の話になると戸惑っているようだったので海斗は気になっていた。

次の瞬間海斗は携帯のスケジュールの画面を出した。

今日の夜の公演が終われば明日は一日休みで明後日の午後からリハーサルだ。

海斗は何かを決心してから立ち上がると、午後のリハーサルへ向かった。