海斗はその日夜の公演を終えてからレンタカー会社へ向かった。
車を借りるとすぐに高速のインターを目指す。
高速は渋滞もなくスムーズに流れていた。これから深夜の時間帯にかけては物流系のトラックが増えてくるようだ。
この分なら6時間前後で東京へ着くはずだ。きちんと休憩を取っても早朝には着くだろう。
海斗はコンサート後の疲れも見せず力強くハンドルを握った。
朝美月と電話で話した時に美月の様子が少しおかしい事に気付いた海斗は、これから美月に会いに行こうと思っていた。
ツアーが始まって一ヶ月以上も美月を一人にしてしまった。海斗はその事が気がかりだった。
彼女が何か不安な気持ちを抱えているのは間違いない。海斗はそう確信したので夜のコンサートを終えてから明後日の午前中までの空き時間に東京へ戻ろうと思っていた。
新幹線も飛行機も最終便は終わっていたのでレンタカーで東京へ向かう事にした。
「遠距離恋愛みたいだな」
海斗はそう呟いて笑った。
海斗自身も美月に逢いたくて仕方がなかった。たった一日逢えないだけでも淋しさ感じていたのにもう一ヶ月だ。
よくこれだけ我慢できたなと海斗は自分を褒めたくなる。
朝になれば美月に逢える、そして美月をこの手に抱き締める事が出来る。
それだけを励みに、途中襲ってくる睡魔と闘いながら海斗は運転に集中した。
二度ほど休憩を入れて仮眠を取った。休憩中、車のフロントガラスからは美しい半月が輝いているのが見えた。
海斗は月に励まされながら残りの道を運転し続けた。
運転中東の空が徐々に白み始めた。夜明けだ。あともう少し、もう少し頑張れば美月に逢える。
逸る気持ちを抑えながら海斗はハンドルを握り続けた。
明け方の四時頃、既に美月は目覚めていた。
お腹の赤ちゃんの為にも美月は最近夜は早く寝るようにしていた。早く寝た分つい朝早く目覚めてしまう。
特に今はつわりのせいで空腹になるとお腹がむかむかして吐き気がくる。その不快感から自然と目が覚めてしまう事が多くなった。
窓の外を見ると空が次第に明るくなり夜が明けてきた。
軽い吐き気を覚えた美月は、ベッドから起き上がると何かお腹に入れようとキッチンへ向かった。
妊娠すると偏食がちになる人が多いと聞いた事があるが、美月の場合無性にグレープフルーツが食べたくなる。
生のグレープフルーツを切らした時の為に冷凍のグレープフルーツを冷凍庫に常備するようになった。
それを少し小皿に取り分けると一つずつ頬張った。この酸っぱさが胃の不快感にはとても効果的だ。
すっかり目が冴えた美月はノートパソコンを引き寄せて調べ物を始めた。
今のうちに妊娠やつわりについての予備知識を見ておきたかった。
最近食欲が落ちているので心配になった美月はそれについてを色々調べてみる。すると吐き気がひどい時は無理して食べる必要はないと書いてあったのでホッとする。
お腹の中小さな命が宿るとこんなにも身体に影響があるのかと美月は妊娠して改めて思った。
その時突然インターフォンが鳴った。
美月は一瞬ビクっとした。こんな早朝に誰だろう? 恐る恐るインターフォンの画面を覗くとそこには海斗が映っていた。
「!」
美月は驚きで声が出ない。けれどこれは決して夢ではなかった。そして慌ててドアを開ける。
そこには海斗が笑顔で立っていた。
海斗はパジャマ姿の美月を見るなり言った。
「逢いたかったよ」
そしてすぐに美月を抱き締めた。
美月は頭がパニックのまましばらくの間海斗に抱き締められていた。
海斗は満足すると漸く美月を離して言った。
「美月おはよう」
「どうしたの? 何かあったの? コンサートは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、特に問題はない」
海斗は靴を脱いで部屋に入ると奥の部屋のソファーに寝転んで「ふわぁあああーーー!」と大きなあくびをした。
それを見た美月は思わずクスッと笑い、
「ここまで何で来たの? 新幹線も夜中はないし……もしかして、車?」
「そうだよ。6時間かからなかった」
(ライブの後に6時間も運転して来るなんてどうかしているわ)
美月は海斗を心配して強くそう思ったが、疲れている海斗にコーヒーを淹れようとお湯を沸かし始める。
美月がキッチンで作業を始めると海斗もソファーから立ち上がりテーブルの前に座る。その時海斗の目がテーブルの上にあるノートパソコンの画面に釘付けになった。
画面には「妊娠中のつわり対策」と表題がついたサイトが表示されている。
そしてノートパソコンの脇には早朝だというのに食べかけのグレープフルーツが置いてあった。
それを見た海斗は美月の様子がおかしかった理由がすぐにわかった。
海斗は自分が全く想像していなかった『理由』を見つけ心がかなり動揺していた。
もちろん嫌な動揺ではなく喜びと嬉しさに満たされた動揺の方だ。
海斗があまりにも静かなので美月が振り返るとパソコンの画面を開いたままだった事に気づいた。慌てて海斗を見ると海斗はじっとパソコンを見つめていた。
その時美月は勇気を振り絞って言った。
「赤ちゃんができたみたいなの」
海斗とは結婚の話については具体的に色々としていたが子供については話した事がなかった。だから美月はとても不安だった。
子供が欲しくないという人も世の中にはいる。そして海斗のように有名人という立場にいればもしかしたら子供は欲しくないと思っているかもしれない。
美月は緊張しながら海斗の様子をうかがっていたが美月の心配をよそに海斗はみるみる笑顔に変わる。
「俺達の子供ができたのか? 凄い、凄いよ美月! ありがとう!」
海斗は立ち上がると美月を抱き締める。海斗は喜びと嬉しさではちきれんばかりの笑顔を見せている。
「産んでもいいの?」
「いいに決まってるさ。当たり前だろう!」
海斗は美月をさらに強く抱き締めると優しく頭を撫でてくれた。
その瞬間美月は嗚咽を漏らして泣き始めた。
(不安だったのはこのせいだったんだな)
海斗は微笑みながら更に強く抱き締める。
そして肩を震わせ泣き続ける美月の事をいつまでも両腕でしっかりと包み込んでいた。
コメント
3件
海斗さん、 ライブ終了後のロングドライブ お疲れ様でした🚗💨 愛する美月ちゃんが心配で急いで戻ったら....、 とっても嬉しいお知らせで🥺 本当に良かったぁ~~~😭💖 美月ちゃん、海斗さん、 おめでとうございます👶💕💕
美月ちゃんとの電話で感じた違和感をスルーせずに美月ちゃんを訪ねて確認しに来た海斗さん😊 もぉ〜溺愛まっしぐら‼️ 偶然にも美月ちゃんが起きていた時に海斗さんが🩷 パソコンの画面で妊娠発覚🤰❣️不安な美月ちゃんの口から妊娠を伝えて海斗さんは大喜び🤭‼️‼️🩷美月ちゃん、海斗さんが喜んでくれて本当に良かったね🥰🥰🥰❤️
美月ちゃんのほんの僅かな変化も気付く海斗さんの美月ちゃんへの深愛にうるうる🥹 そして自分の目で確かめようと行動を取る海斗さんにまたうるうる🥹 美月ちゃん喜んでくれてよかったね🥹