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圭がシャッターを切った事に気付いていないのか、美花はまだ歌い続けている。
数分以上、歌い続けていただろうか。
彼女は降ってきた旋律を全て拾い上げたようで、満足げにボイスレコーダーの電源を落としてバッグにしまい込む。
「……メロディが浮かんできたのか?」
「うん。ここの景色、すごく素敵だから、ロマンチックな雰囲気の曲ができると思う」
美花が唇を綻ばせながら瞳を細めると、両手を組みながら大きく身体を伸ばした。
(こういう景色のいい場所を、のんびりと散策するだけのデートも……いいかもしれない)
今まで、高級なホテルのレストランで食事をしたり、ハイクラスブランドの店を巡ったりするデートしかしてこなかった圭にとって、美花と過ごす時間は、いつにも増して新鮮に感じられた。
季節の色や草木の仄かな香りを五感で感じるのを、彼の中では、すっかり忘れていた事である。
ただ、想いを寄せている女と一緒にいるだけで楽しい、と思うのは、十代の頃の淡い恋をして以来かもしれない。
「あ……歌ってたら…………お腹空いてきちゃった……」
美花が恥ずかしそうに、消え入りそうな声音で呟くと、回想の海を漂っていた圭が、我に返る。
「じゃあ、信濃町駅方面に向かうとするか」
「うん」
二人はベンチから立ち上がり、再び歩き出すと、外苑中央広場円周道路のすぐ側に、長方形の大きな看板が設置されていた。
「うわぁ……銀杏並木のライトアップだって! しかも昨日から開催しているみたいだよ?」
美花の気持ちが昂っているのか、笑顔を弾けさせながら声を掛けられる。
「銀杏並木のライトアップか。俺も初めてだな。ライトアップ…………見たいか?」
「うんっ。すっごく見てみたい!」
看板に掲載されているライトアップの時間帯を確認すると、十六時半から十九時半の三時間。
圭は、はたと考える。
──ライトアップされた銀杏並木の下で、美花に自身の想いを伝えたい。
告白のタイミングを、彼は歩きながら考えていたが、ライトアップのイベントは、圭にとって、これ幸いである。
そのために、ドライブデートに誘って連日の残業も頑張り、今日という日を迎えたのだ。
決心した途端、圭の中に緊張感が迸り、手のひらが湿り気を帯びていく。
「まずは信濃町駅の近くで、メシが食える場所を探そうか」
「銀杏並木のライトアップ、楽しみっ!」
彼は、彼女の手を繋ぐと、緩やかに一歩を踏み出した。
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