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「——これにて、片品高校吹奏楽部創部四十周年記念パーティをお開きとさせて頂きます。皆様、拙い司会ではありましたが、ありがとうございました」
司会進行役を務めた奏のかつての恋人、中野祐樹が言葉を結ぶと、宴会場は大きな拍手に包まれ、記念パーティが終了した。
多くの人が続々と会場の外へ流れていく。
中野は、ホテルの宴会担当者に挨拶をし、奏は、顧問の茅場先生や外部のコーチの先生に挨拶をしている。
怜は、会場の隅で壁に寄りかかり、腕を組みながら中野と奏を交互に見やると、この二人がどう動くのか注視していた。
人が疎らになったところで、怜は会場を抜け出し、ホテルのエントランス近くのソファーへ移動して、奏が来るのを待つ事にした。
***
「奏。さっき俺が言った事、忘れてないよな? 少し付き合え」
「……っ!」
有無を言わさない中野の言動に、奏は手首を掴まれ、男に引っ張られるようにして宴会場を出た。
中野と奏は、エントランス近くのソファーに座っている怜に気付かないまま、ホテルを後にする。
二人が出て行くのを見届けると、怜は立ち上がり、二人に気付かれないように後を追った。
八王子駅改札前の南北通路を通り、先ほどの定演会場の方向へ中野は歩いていく。
華奢な手首を掴まれて指先がジンジンと痺れ、奏の表情は苦痛に歪んでいた。
(アイツ……奏に何をする気だ……?)
逸る気持ちを押さえ込みながら、怜は二人を見失わないように後を付ける。
南北通路を抜け、高層複合施設前の広場の端にある階段を下りていく。
ひと目がつきにくい場所で、中野と奏は立ち止まった。
怜が、二人からそこそこ近い距離にあったベンチに座る。
空を見上げると、満月が浮かび、辺りを仄かに照らし出している。
怜は、万が一の事も考え、スマホを取り出し、音声録音のアイコンをタップした。
「やっとお前と話せる」
中野が先に口を開いた。
怜は、男の声が思いの外大きな声で話している事に、これなら会話を全部録音できそうだと感じ、ほくそ笑んだ。
「私は特に……話す事は無いって……再三言いましたよね?」
奏は声を微かに震わせながら男に答え、大きくため息を吐くと、男は不気味な笑みを浮かべて奏に言った。
「お前さ、俺ともう一度やり直さねぇか?」
あまりにも非常識な中野の言葉に、奏は、男の左手の薬指に鈍く光る結婚指輪を見やりながら、呆れたように言い返した。
「中野先輩……結婚してます……よね? 意味が分かりません……」
「そういえば結婚した事、お前に言ってなかったな。まぁやり直すって言っても、セフレとしてって意味だけどな。俺は離婚する気なんてねぇし」
「なっ……!」
——この男は十年前と全く変わってない。女を性処理の対象としか見てない……!
奏の表情が、徐々に険しいものに変わり、俯きながら唇を震わせていく。
風に乗って聞こえてくる中野の言葉に、激しい憤りが渦巻いていくのを感じた怜。
(アイツ……奏を…………!)
卑しさを滲ませてニヤニヤと笑う中野が、更に言葉を続けた。
「それに、今のお前のように、気の強い女を無理矢理ヤるっていうのも、すげぇそそられるんだよな。お前も忘れてないだろ? 十年前、俺がお前の処女を強引に奪った時の事。あの時、相当嫌がってたくせに、お前、すげぇ濡らしてたもんなぁ」
中野の言葉を聞いた怜は、静かに瞠目させた。
音声を録音している事さえ忘れ、気付くと怜は膝の上に握り拳を作り、震わせている。
(あの男……奏を…………無理矢理……!)
「いや! もうやめて!! これ以上もう言わないで!!!」
奏は身体をガクガクと震わせ、両手で耳を塞ぎながらしゃがみ込む。
「お前から生理が来ないって連絡が来て、それを聞いた俺の女がブチキレた時はどうなるかと思ったけどさ、まぁお前が孕んでなくて安心したわ」
奏は尚も耳を塞いだまま身体を震わせ、嫌と言わんばかりに首を激しく横に振っている。
(あの男……彼女がいるのに奏にも手を出したって事か!?)
怜の男に対する怒りが、そろそろ沸点を越えようとしている。
中野は奏に近付き、しゃがみこんで粘り気のある声音で話しかける。
「なぁ奏。カミさんとのセックスも飽きたから、俺のセフレになってくれよ。また、あの時のように、無理矢理ヤッてやるからさ」
中野は耳を塞いでいる奏の両手を剥がし、肉付きのいい左手で細い両手首を掴むと、右手で彼女の顎(おとがい)に手を掛け、強引に上を向かせた。
顔を傾けさせ唇を奪おうとすると、奏は顔を伏せ、キスから逃れようと必死に顔を背け続ける。
(ここで力を抜いたら……この男に負けた事を認める事になる。耐えなきゃ……)
奏は何とか堪えているも、そろそろ力が抜けそうで限界に近い。
さすがにこれ以上中野って男の言動を見ていたら、手が出そうになると感じた怜は立ち上がり、中野と奏の元へ歩みを進めた。
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