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「合意の無い性行為が犯罪だという事、知らないようだな」
怜はスマホを掲げたまま、中野と奏にゆっくりと近付いた。
聞き覚えのある声優ばりの低音イケボ。
不意に中野の手の力が緩み、奏は声のする方向に顔を向けた。
「あ? 誰だ? お前」
「俺か? 俺は奏の現在の恋人だが?」
怜が自分を呼び捨てた事に、奏の胸の奥がギュッと鷲掴みされた。
「アンタが今まで奏に言った事、全てこのスマホに録音させてもらったが、このスマホごと警察に提出してもいいか?」
怜はそう言うと、中野を煽るようにスマホの画面を男に向ける。
そこには『録音中』の表示がしっかり出ている。
「な、何だ!? お、お前! 俺を脅そうとしてるのか!?」
「脅すも何も。さっきも言っただろ? 合意の無い性行為は犯罪だって。それにアンタ、本命の彼女がいるのにも関わらず、奏に手を出したんだろ? それも嫌がっている奏の純潔を無理矢理奪った。それって性的暴行だよな? 犯罪だよな?」
「い、いや、この女も俺との……こ、行為を楽し——」
火花がバチバチと音を立てながら燃え上がる感情は爆発寸前だったが、怜は敢えて声のトーンを落とし、冷静に言い放つ。
「奏が耳を塞いで『やめて』『聞きたくない』って言ってるのに、当時の奏は、お前との行為を楽しんでいたとでも言いたいのか? どんだけ頭の中がお花畑なんだ? しかもアンタ、今は結婚してるんだろ? カミさんとのセックスに飽きたから奏にセフレになってくれ、だと? 無理矢理ヤってやるからさ、だと? 女をバカにするのもいい加減にしろよ?」
『警察』『犯罪』というワードが出た途端、中野はしどろもどろな口調になり、責任を奏に転嫁させようとしていた事で、怜の怒りの炎に油が注がれた。
「この一件が、お前のカミさんに知られたら、どうなるんだろうな? 『性犯罪者の妻』というレッテルを貼られ、お前に離婚を突きつけるかもしれないな」
怜はスマホを持っている手をヒラヒラさせながら、不敵な笑みを浮かべ、口角の片側を器用に上げる。
「まぁここに録音されている内容を警察の方々に聞いてもらったら、百パーセントお前が悪いって事になるだろうな」
「お、おっ……俺は悪くない!」
中野の顔が引き攣りながらも逃げ腰になっていくが、怜は、奏が今まで聞いた事の無いようなドスのきいた声音で、更に追い討ちをかける。
「ほぉ。悪くないって言い切るんだったら……俺のスマホを警察に提出しても何の問題もないよな?」
怜が唇を歪にさせながら、乾いた笑いを映し出す。
微かな月明かりに照らされて笑う怜は冷酷さが滲み、奏はその表情に背筋が泡立った。
「っ……!」
「女の愛し方を知らないオナニー脳のガキが、セックスなんてすんじゃねぇよ。回数こなしてきたとしても、どうせお前だけが気持ちよくなるだけの独りよがりなセックスしかできねぇんだろ?」
「……んだ……と?」
凍てつく眼差しを中野に突き刺すと、中野は怜の前に一歩踏み出す。
しかし、頑丈そうな身体の持ち主である中野は、高身長の怜を見上げる格好になってしまい、それ以上何もする事はなかった。
苛立ちと憤怒がピークを超えた怜は、地の這うような低い声音で奏を散々苦しめた男に言い迫った。
「よくも俺の愛しい女を……酷い目に遭わせてくれたな? お前が呑気に過ごしている間、奏はずっと…………トラウマに苛(さいな)まれていたんだよ!!」
(愛しい……女?)
怜の言葉に奏の鼓動が高鳴り、ドキドキし過ぎて、しゃがんだまま動けない。
「さっさと失せろ!!!」
怜が中野に一喝すると、男は転びそうになりながらも、そそくさとその場から走り去っていき、彼は掲げていたスマホの画面に目を向け、録音終了のアイコンをタップした。
しゃがみ込んでいる奏の目の前に差し出された、怜の節くれだった手。
「大丈夫か?」
先ほどのドスの効いた怒りの声とは打って変わり、いつも奏に話かける時の穏やかな声音で声を掛けてきた。
「大丈夫です……ご迷惑を……お掛けしました。私の彼氏のフリまでしてもらって…………本当にすみません……」
奏は怜の手を取り、辿々しく立ち上がると彼に会釈をする。
奏の手を取ったまま、怜は困惑しているような表情を浮かべつつ、その手を離さないように、キュっと繋いだ。