テラーノベル
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まるで蓋をしていた本音が一気に溢れ出したかのようだ。
しかし、一度口にしてしまえば、奇妙なほどに違和感はなかった。
それが、他でもない今の自分のらざる本音である何よりの証拠だろう。
「…そっか」
仁さんが、まるで俺の胸の内を見透かしているかのような、優しい声音で相槌を打ってくれる。
その穏やかな響きは、熱で昂っていた心臓の鼓動を、少しだけ落ち着かせてくれるようだった。
仁さんの視線は、いつものように温かく、一切の批判も含まれていない。
それが、さらに俺の心を解き放つ。
「でも、なんか…やっぱりまだ運命の番っていうのにも、ちょっと憧れちゃってて。一生を共にするたった一人の相手って、まるで夢みたいで…」
どこか夢見がちな、それでいて気恥ずかしい気持ちも交えながらそう言うと
横に座っていた瑞希くんが、まるで珍しい動物を見るかのような表情で聞いてきた。
「運命の番求めんのは別に悪いことじゃないけどさー、あんたってヒートのときどーしてんの?そんなに切詰まってんなら、誰かに頼んでるとか?」
瑞希くんの直球な問いに、俺は少し言葉に詰まった。
「そりゃ、抑制剤飲んで…それでも効きが悪いときは、この間は仁さんの服を借りたら、仁さんの安心する匂いでだいぶ楽になって…」
「本当にどうしようもないくらいしんどいときは、もちろん一人で、なんとか凌いでるけど」
ヒート期間のことを思い出すようにそう言うと、瑞希くんは堪えきれないといった様子で吹き出した。
「めっちゃ細かく話すじゃん、うける。てか犬飼限定なんだ〜」
瑞希くんの言葉に、俺の顔はカーツと熱くなった。
「ち、ちがっ……!」
そんな意図は全くない。
ただ、仁さんの匂いが発情期の高揚を鎮めてくれると知って、藁にもすがる思いだっただけだ。
すると将暉さんが、じられないといった様子で問いかける。
「楓ちゃん、部屋でしてるの?しかも一人で…..?」
「?そうです、けど…それがなにか……?」
俺の純粋な疑問に、仁さんが少し困ったような
それでいて呆れたような顔で言った。
「ほら、アパート壁薄いし、隣って俺の部屋だろ」
「そ、それは大丈夫です!口は塞いでるので、聞こえることはないかなって……」
必死に弁解する俺に、瑞希くんはますますニヤニヤと笑みを深くする。
「もうあんた、そんなに辛いなら犬に抱いてもらえば?一番手っ取り早いじゃん」
その言葉が投げかけられた瞬間
「「は?」」
俺と仁さんの声が、まるで示し合わせたかのように寸分違わず重なった。
俺は全身で拒絶を表現するかのように、椅子から半身を乗り出す勢いで取り乱した。
「じ、仁さんとセフレになるなんて、絶対いやだか
ら…!」
俺は、顔を真っ赤にして叫んだ。
仁さんとの関係は、そういった生々しいものであってはならない。
尊敬する漢であり、頼れる友人、そして俺を理解してくれる大切な人。
そのラインを越えることへの、自分への嫌悪感がそこにはあった。
「楓くん、そんな断言されるとなんかそれはそれでグサッとくるんだけどな」
苦笑い混じりに仁さんが続けた瞬間
俺の中で何かが、ぶわっとこみあげてきた。
「だ、だって嫌じゃないですか」
「まあ…それはな」
「そ、それとも……仁さんは俺のこと、そんな、簡に抱けちゃうってことですか……?」
声が少し上ずったのは、きっと酔いのせいだけじゃない。
心の中にあった小さな不安が、知らないうちに言葉になってた。
仁さんの目が、まんまるになった。
「えっ?」
「俺って仁さんにとって、そういう存在なんです
か……?」
勢いだけで言ってしまったその言葉に
自分でも「しまった」と思ったけどもう口から出てしまっていた。
一瞬、空気が止まった気がした。
だけど仁さんは驚くでも焦るでもなく、むしろ即座に、はっきりと。
「抱けません」
って、ものすごい真顔で即答した。
間髪入れずだった。
本当に、一瞬の迷いもなく。
「っははははっっ!!」
先に吹き出したのは将暉さん。
「ちょ、即答クソワロタ……!」
瑞希くんがテーブルに突っ伏しながら笑い転げている。
俺はというと、仁さんの「抱けません」があまりに真面目すぎて
なんかもう恥ずかしいやら嬉しいやら分からなくなって、思わず顔を手で覆ってしまった。
でも、それがなんかものすごく、嬉しかった。
「……で、ですよね。安心しました」
小さな声でそう言った俺に
仁さんはただ、ふっと目を細めただけだった。
その仕草一つが、ひどく心地よかった。
その後はもういつも通りの笑い話に戻ったものの
俺が安心した理由は
仁さんに「抱けない」と言われたからではなかった。
仁さんが俺の一瞬の不安を即答で拒否してくれたことが、嬉しかったのだ。
その後も飲みながら喋り続け、時間が過ぎるのも忘れて盛り上がった。
将暉さんたちと別れると、仁さんと2人
いつものように帰路に着いた。
月明かりと街灯、そして街の明かりに照らされる道
並ぶ2人の影も伸びていく
「あ〜楽しかった〜」
俺は両手を頭上に持ち上げて伸びをした。
「よく酔わなかったな」
仁さんは答えると同時に、ふっと笑った。
「仁さんこそ…まあ俺は今回はちゃんとセーブして
ましたから」
「ああ、同じく」
何回か酔って家まで送りあっている仲なので出来る会話だ。
まあ、そもそも住んでるアパートの隣人同士なのだから、当然といえば当然なのだが。
「ね、仁さん」
仁さんの横顔を覗き込むようにして言う
「ん?」
俺は言葉を選ぶように一瞬沈黙し、そして口を開いた。
「……ふと思ったんですけど、仁さんって初対面のこるとだいぶ話し方変わりましたよね?」
「そうか?」
仁さんは本当に自覚がないのか、首を捻っている。
「なんかめっちゃ紳士で丁寧な人〜って感じだったのが、今となっては普通にガサツで不器用な人だなぁって感じですもん」
そう言ってふふっと笑いをこぼす俺を見る仁さんの表情は穏やかだ。
「最初のころの俺の方がいっか」
「いえいえ、今のがいいです」
俺は小さく首を横に振る。
「今のガサツな野郎でいいんだ?」
「び、秒で根に持たないでくださいよ…」
「それに俺、こっちの仁さんの方が素の仁さんって感じがして好きなんです」
「…変なの」
仁さんは前方の道に目を向けたまま呟いた。
その表情はどこか嬉しそうだ。
俺も仁さんの顔から目線を外し、空を見上げた。
しんとした夜の帳が降り、時刻はもうかなり遅い。
澄み切った空には星の姿こそ見えないが
煌々と輝く満月が辺りを柔らかな光で満たし、街の灯りと相まって道は十分な明るさだった。
仁さんと並んで、旅行の余韻に浸るようにゆっくりと歩を進めていた。
ふと、隣を歩く仁さんを見上げ、少し躊躇いがちに口を開いた。
「あの…仁さん」
彼は歩みを止めずに、ただ穏やかな声で応える。
「なに?」
小さく息を吸い込み、少し高揚した面持ちで続けた。
「旅行も終えましたけど、仁さんの好きな物ひとつだけ分かったんですよ」
俺の言葉に仁さんは興味深そうに眉を上げ
「へえ……ちなみになに?」と問いかけた。
その表情には、少しの期待と面白がるような色が混じっている。
俺はここぞとばかりに自信満々に答えた。
「コーヒーゼリーです!バイキングで仁さんが取っ
てるところを見たので…!」
言うと、仁さんの口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「俺のこと、見てたのか」
その言葉に、頬は微かに朱に染まる。
「仁さんのこともっと知りたかったので、つい観察しちゃいました…」
照れ隠しのように「あはは」と乾いた笑いを漏らしながらも、正直に打ち明けた。
すると仁さんは間を置いてから呟いた。
「他にも知りたいことあったら、いくらでも教える
けど」
その予期せぬ言葉に、胸は一瞬で高鳴った。
「え!」と声を上げる
「知りたいです…!えっと、その、知りたいことが多すぎるんですけど……ご、ご趣味は?」
「お見合いかよ」
仁さんは、俺の慌てぶりに、ふっと声を上げて笑った。
面白がるような顔で「そうだな……」と、仁さんは顎に手を当てながら思案する。
「サウナとか、貯金とか…あぁ、あと前にも言ったきするけど、楓くんの影響で押し花も」
「俺の影響?」
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