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真帆に引っ張られるように三人して家を出ると、玄関先に一本の箒が立てかけられていた。
僕はそれを目にして、
「これって、真帆の?」
「はい。何とかおばあちゃんを説得して、箒だけ取り返しました」
言って真帆は箒を手にすると、辺りをきょろきょろ見回す。
「なに? どうかしたの?」
訊ねると、答えたのは榎先輩だった。
「私たちだけで探すのも大変だから、応援を呼んだんだってさ」
「応援?」
誰だろう、と思っていると、やおら真帆が空を仰ぎ見て、
「お~い! こっちですよ~!」
と大きく両手を振って叫び声をあげた。
つられて僕らも空を見上げれば、こちらに向かって何かが近づいてくるのが見えた。
それは最初大きな白い鳥――鷺のような姿だったが、どんどん近づいてくるにつれて姿を人に変えていった。
箒にそっと腰掛け、ゆっくりと地面に降り立ったその人の肌はどこまでも白く透明で、青くキラキラした瞳はアイラインに縁どられ、すっとした鼻立ちの下には桃色の唇が微笑みを湛えていた。
白黒のリボンがあしらわれたワンピースドレスが可愛らしく、足元には厚底のパンプスを履いている。乗ってきた箒もまたデコレーションが施されており、シンプルに箒な真帆のものとは異なり、趣味全開といった感じだった。
「――アリスさん」
僕はその姿を目にしながら、ぼそりと口にする。
「……すごい。ホントにお人形さんみたい」
榎先輩も、僕の横で目を丸くしてアリスさんの姿を見つめていた。
「ごめんね、迷っちゃって」
言いながら、てててっと駆けてくるアリスさんの姿は、年上のはずなのにまるで小さな子供のようだった。
「すみません、私も適当にしか住所を教えてなかったから」
「ううん、大丈夫だよ」
それからアリスさんはこちらを――というより、榎先輩に顔を向けて、
「はじめまして。私、楾アリスっていいます。あなたが榎夏希さんですね」
あの優し気な微笑みを浮かべる。
榎先輩はそんなアリスさんにたじろぎながら、
「あ、あぁ、はい。榎夏希です。よろしく……」
かしこまったように頭を下げた。
傍から見ている分にはなんだかおもしろい光景だ。
僕もアリスさんを初めて見た時には戸惑ったから、榎先輩の気持がよく解る。
「挨拶も済んだことですし、それじゃぁ、行きましょうか」
言って箒に腰かける真帆。
その途端、ふわりと箒が宙に浮く。
こうして改めて目にすると、真帆って本当に魔法使い――魔女だったんだなぁと思わずにはいられなかった。
「シモフツくんは私と、なっちゃんはアリスさんの箒に乗ってください」
「――なっちゃん?」
首を傾げる僕に、
「夏希なので、なっちゃんでしょ?」
いや、まぁ、確かにそうだけど……
仮にも(仮じゃないけど)榎先輩は二年生。上級生だぞ? そんな軽い感じに「なっちゃん」だなんてちょっと失礼なんじゃ――
と思いながら榎先輩に目を向けると、
「よろしくお願いします」
わずかに頬を染めながら、素直にアリスさんの後ろの柄に腰かける姿があった。
……まぁ、本人が気にしないならどうでもいいか。
というより。
「榎先輩は、箒乗れないの?」
真帆に小さく訊ねると、真帆は「そうですね」と口にして、
「魔女だからって、全員が箒に乗って空を飛べるわけじゃありません。むしろ空を飛べない魔法使いの方が多いんじゃないでしょうか。中には大風呂敷やザルで空を飛ぶって人もいるみたいですけど」
「……大風呂敷やザル?」
「大風呂敷やザル。あと鉄鍋とか」
そう言えば、こないだ読んだ魔女の本にもそんなことが書いてあったような……?
なんか大きなカゴの中に入って空を飛んでる魔女の様子が描かれた絵があったけど。
「まぁ、要は空を飛べれさえすれば何でもいいんですよ」
「適当だなぁ」
「言ったじゃないですか。魔法使いはテキトーだって」
そんなことより早く乗ってください、と続ける真帆に急かされて、僕も真帆の座る後ろに跨った。
何だか不安定だけど、本当に大丈夫なのか?
ちょっと心配になっていると、
「何してるんですか。ちゃんと掴まってください」
と真帆はおもむろに僕の両手首を掴むと、その細い腰に僕の腕を回して――
真帆の背中が僕の胸に押し付けられて、加えて真帆の柔らかいお腹の感触とバラのような甘い香りに、心臓がどくどくと大きく高鳴る。
「絶対に、私の腰から手を離さないでくださいね」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫です」
と真帆は軽く地を蹴り、
「落ちない限りは死にませんから」
一瞬にして、僕を絶望の淵に叩き落とした。
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