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第2章 第7話
「戦々恐々」
「まず、きみ達はこのあとすぐ、任務に向かってもらう」
教壇の前で、セラフィナがあっさり言った。
朝の座学室はまだ眠い空気が残っているのに、その一言で部屋の温度が変わる。
「えー! まだ朝ごはん食べてないのだー! 寝坊したのだ!」
みずきが机に突っ伏したまま叫ぶ。
「もう10時だよ……?」
ジャックが呆れた顔で、時計を指さす。
「……それで? 任務ってどんなのかしら? セラフィナ先生」
刹那は姿勢を崩さず、淡々と続きを促した。
「ゾラン王国とミザラの国境付近で、少数武装派が暴れてるらしくてね」
その瞬間、前列のアクラが小声で隣に寄る。
「な、なぁバロロ。ミザラってどこだ?」
「わ、わかんねェ!! おい光月、ミザラってどこだ?」
呼ばれた光月は、ドヤ顔で鼻を鳴らした。
「おいおいィ……ミザラってのはここから南西にある国の事だぜェ。
オレ様の嫌いな国だァ!」
嫌いな理由はたぶん、今はどうでもいい。
セラフィナは黒板に向き直り、チョークを鳴らす。
「きみたちの目的はふたつ。
彼らを殲滅すること。
それから――彼らのうち最低二人を、生きたまま捕獲すること」
「……え」
教室の空気が一瞬だけ固まる。
“捕獲”という言葉は、殺すより怖い。
そこへツヴァイが、びくびくしながら手を上げた。
「あ、あのぉ……そこら辺の地域って、たしか無敵隊がいたはずじゃ……?」
「バカみたいな名前の隊なのだ……」
みずきが素直な感想をこぼす。
セラフィナは一拍置き、わざとらしく咳払いをした。
「あぁ、えーっとね。それが……」
間。
「全滅しちゃったみたい(笑)」
え……?
冗談みたいな口調。
でもセラフィナの顔は、冗談じゃない。
「ふん。どうせ全員男だったんでしょうね!」
エペが鼻で笑う。
ツヴァイが小さく首を振った。
「無敵隊は血気盛んな女性たちだったような……」
その瞬間、エペの目が光った。
「……なんでそんなこと知ってるんですか」
声が低い。
「いやらしい」
「えっ、いや、ちがっ……」
ツヴァイは即死したみたいに縮こまった。
セラフィナは軽く手を叩き、話を切る。
「とにかく緊急。今から向かわなくちゃならない。班はもう決めているよ」
黒板に、名前が並んでいく。
A班:バロロ/アクラ/ツヴァイ/ジャック
B班:光月/クレイ/みずき
C班:刹那/エペ/ゼグレ
最後の名前を見た瞬間、教室の空気がまた一段沈んだ。
“あの暗殺者”。
名前だけで、誰のことか分かる。
セラフィナは黒板の端に、それぞれの役割を簡潔に書き足す。
A:殲滅(制圧・掃討)
B:後方支援(援護・補給・状況維持)
C:捕獲(主犯対応・確保)
「オレがリーダーだッ! 任せろォ!!」
バロロが拳を握り、前に乗り出す。
「オレ様の活躍に見惚れんなよォ!?」
光月が胸を叩く。朝からうるさい。
「おえぇぇ……きもいのだ……」
みずきが即座に吐き気を訴えた。対象は任務じゃない。
刹那は椅子から一ミリも動かず、短く言う。
「C班。目的は必ず——」
続きを言わない。
言わなくても分かる、という圧だけが残る。
セラフィナは満足そうに口元を上げた。
「いいね。それじゃ、班ごとに役割の詳細を伝える。
――出発まで、時間はないよ」
チョークの音が止む。
その静けさの中で、アクラは気づく。
これ、ただの“任務”じゃない。
誰かにとっては、見せしめで。
誰かにとっては、試験で。
そして――誰かにとっては、罰になる。
ゼグレが短く瞬きをした瞬間をセラフィナは見逃さなかった。
馬車は森の中を、一定の揺れで進んでいた。 木々が濃く、空は細切れにしか見えない。湿った匂いが鼻につく。
向かいの席で、ジャックが何度も視線を動かしている。 落ち着かないというより、覚えようとしている顔だ。
「えっと……きみがバロロくんで、きみがアクラくんで……えーっと……」
少女の視線が、金髪の小柄な先輩に止まる。
「きみは……ツヴォくん?」
「ツ、ツヴァイですぅぅ……何回目ですかぁ……」
声が震えて、目にうっすら水が溜まる。 少女は慌てて両手を振った。
「あっ、えっと、ご、ごめんね! わざとじゃなくて……!」
アクラはため息をつき、少女の背に背負われた大きな弓へ目をやった。
「てかお前、やけにでけぇ弓持ってんな。普段から使ってんのか?」
「うん! でも……人に使うのは、はじめてかな……」
「こ、こえーこと言うなよ……」
その瞬間。
「アクラ! ちょっとこっち来てくれェ!!」
バロロが御者席の方から手招きした。 アクラは渋々立ち上がり、前へ移る。
「なんだよ、いきなり」
バロロは妙に真剣な顔で、声を落とした。
「お前、弥生ジャックちゃんのこと、どう思う?」
「……ちゃん!? なんかお前が言うと気持ちわりーな」
「いいから答えろ」
「うーん……普通に健気っていうか。天然っぽいよな」
バロロの目が、変な方向に輝いた。
「オレ……ジャックちゃんのこと、好きかもしれねぇ!!!」
「はぁ……?」
「友よ。オレはこの任務が終わったら――ふたりで喫茶店に行く!!!」
「……あー、そうだな。応援してるぜ」
アクラは真顔のまま席へ戻った。 戻りながら、自分でもよく分からない種類の敗北感があった。 思春期の男子って、なんでこう……キモい方向に全力なんだ。
「な、なにかあったんですか……?」
ツヴァイが怯えた声で聞いてくる。
「いや、なんでもねぇよ。もう少しで着くらしい。準備だけはしとけ」
「……あと、これも持ってってもいいかな? さっき買ったんだ」
ジャックが小さく紙袋を掲げる。 中から、乾いた薬草と包帯の匂いがした。
――さっき、道中の小さな店に立ち寄った。 品揃えは雑多で、必要なものが必要な分だけ置かれている。
ジャックは目を輝かせて矢と傷薬を見比べ、 ツヴァイは値札を見て露骨にほっとし、 バロロは肉を抱え込みそうになり、 アクラは店長と短い会話をした。
店長は、ガタイのいい禿頭の男だった。笑い声がでかい。
「最近なァ、様子のおかしい客が増えてきてよ。 村の連中が怯えてんだ。まぁ、追い返してるが……キリがねぇ」
“追い返してる”という言い方が、妙に現実的だった。 強い、というより、ここで踏ん張ってきた人間の匂い。
バロロが食料と水を、ジャックが矢と傷薬を選んでいると、 店長が唐突に言った。
「あんたら……もしかして孤誓隊か? なら、こいつらは持ってけ。タダだ」
「は?」
「昔、孤誓隊に助けられてな。 恩返しってやつだ! ダハハハハ!!」
あの笑い方が、今も耳に残っている。
――そして今。
森の木々が途切れた。 光が広がる。
風が、変わった。
鼻の奥に、鉄の匂いが刺さる。
「……え」
ジャックが息を止めた。 ツヴァイが、口元を押さえる。
視界がひらけた先にあったのは――村だった。
半壊している。 家々は潰れ、焼け、壁が剥がれたまま傾いている。 地面は赤黒く濡れていた。水たまりじゃない。
血の海。
その中に、形を失ったものが転がっている。 服の切れ端。 小さな靴。 手を繋いだまま、離れられなかった影。
「……っ」
ジャックの頭の両側、電撃状の“ビリビリ”が、ひときわ強く光った。 次の瞬間、空気が弾ける。
ビリッ。
放電が走り、馬車の金具が一瞬だけ青白く光った。
「ご、ごめん……!」
ジャックが慌てて両手を握りしめる。 でも、震えているのは手だけじゃなかった。
ツヴァイは耐えきれず、馬車を飛び降りると草むらへ駆け込んだ。 喉の奥から、嫌な音がした。
バロロは顔をしかめ、すぐに周囲を見渡す。 声のトーンが変わっている。
「……気配、残ってる」
ジャックも、唇を噛んで弓を握り直した。
アクラは――
胸の奥が、苦しかった。 糸が張る。引き絞られるみたいに。 けど、それより先に、怒りが来た。
喉の奥が熱い。
「誰だよ……」
声が、低く漏れる。
「こんなマネしやがったやつ……!!」
前の夜、吐き気で何もできなかった。 ただ見てるだけで、終わった。
でも今回は違う。
立ち尽くすだけじゃダメだ。
拳を握る。 爪が皮膚に食い込む痛みで、頭が冴える。
「……おれが、ちゃんとしないと」
言い聞かせるみたいに呟くと、足が前に出た。
バロロが短く頷く。
「よし。A班、降りろ。――掃討だ」
森の出口の静けさが、逆に怖い。 風だけが、焼けた木の匂いを運んでくる。
そしてその奥で―― まだ誰も見えていないのに、何かが見ている気がした。
アクラは、息を吸う。
覚悟を、決めた。