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第2章 第8話
「暗雲低迷」
村に足を踏み入れた瞬間から、空気が腐っていた。
鉄と煙と、生臭い甘さ。
焼けた木の匂いに混じって、**「まだ終わってない」**って匂いがする。
アクラは剣を握り、血の跡を追うみたいに奥へ進んだ。
壊れた家の隙間、倒れた柵の影、黒く濡れた地面——
視線が引っかかった。
逃げ惑う村人たちが、奥から這うように出てきている。
泣き声も、叫び声も、もう喉が枯れて出ないやつらの顔。
その先にいた。
物騒な武器を持った集団。
手には血。
袋の中に、頭。
刃にはまだ温度が残ってるみたいに赤黒い。
(見つかるのも時間の問題だ)
アクラが息を殺した、その瞬間——
「おらァァァ!!」
背後から、獣みたいな怒声が突き刺さった。
振り返る暇もない。
バロロがもう敵の塊へ突進していた。
でかい体が地面を蹴る音が、村の静けさを粉砕する。
「ま、待て! 無茶だ!!」
「ハッ! 舐めんなよアクラァ!!」
次の瞬間。
ドンッ!!
爆発音が鳴り、空気がひっくり返った。
砂埃と血しぶきと木片が舞い、目の前が白く霞む。
「——っ、今の……」
「……“爆”属性……ですね……」
ツヴァイの声が、震えてるのに妙に冷静だった。
「あ? 爆属性?」
「扱いづらいのに……す、すごいです……」
アクラは舌打ちして剣を握り直す。
「と、とにかく加勢するぞ!!」
バロロが暴れたおかげで、近くにいた武装集団は一瞬だけ怯んだ。
——怯んだ、ように見えた。
でも、次に見えた目で分かる。
こいつら、もう“人”じゃない。
目が獣みたいに濁ってるとか、そういうレベルじゃない。
生物の中にある悪意だけを煮詰めて詰め込んだみたいな、
見た瞬間に胃が拒否反応を起こす目。
「ハァ……ハァ……!」
バロロが肩で息をして、拳を構えたまま叫ぶ。
「こいつら、一体どうなってる!?
普通ならもうくたばってるはずだろ!!」
それもそのはずだった。
四肢がそげ落ちたやつが動いている。
腹が裂けて、内臓が覗いてるやつが笑っている。
痛みを知らない肉の塊が、武器を振り上げてくる。
——その油断を、敵は見逃さなかった。
「ゲハハハハァ!!」
耳障りな笑い声。
「て、てめぇら!! いきなり襲いかかってきやがって!
だが見逃してやんよ——」
男が、すっと横に滑るように動いた。
次の瞬間、ツヴァイの首元に刃が当たっていた。
「ひぃぃぃぃっっ……!」
「ツヴァイ先輩っ!」
ジャックの声が裏返る。
「チィ……!」
バロロが歯噛みする。
敵兵がツヴァイを盾にして、唾を飛ばしながら叫んだ。
「今すぐ武器を置いて俺らに従えば命は見逃してやる!
さもなくば——こいつは終わりだ!!」
ツヴァイは震えながら、涙でぐちゃぐちゃの顔で叫んだ。
「ああぁぁ……! ご、ごめんなさいごめんなさい!
許してください! 帰ったらこんな仕事やめますぅ!
夢もお金もあげますだから見逃してください……!!」
泣きじゃくる。声が裏返る。鼻水まで出てる。
敵兵が眉をひそめた。
「……なんだこいつ。気持ちわりぃな……」
アクラが舌打ちする。
「ど、どうすればいい!? バロロ!」
バロロの拳が震えてる。
突っ込めばツヴァイが死ぬ。
引けば、全員が狩られる。
「くっ……こうなったら——」
その刹那。
ズバンッ。
乾いた音がして、敵兵の頭が——弾けた。
一拍遅れて、血と骨が飛び散る。
刃物じゃない。
“撃ち抜かれて破裂した”みたいに。
「ひええ……?」
ツヴァイが声にならない声を出して、へたり込む。
「落ち着いて! 大丈夫だから!!」
ジャックが走り寄って、ツヴァイの肩を抱えた。
声は震えてるのに、手は止まらない。
「ツヴァイ先輩、怪我はない?」
「は、はいぃぃっ……!」
アクラが、視線を上げる。
——矢。
敵兵の頭の残骸から、一本の矢が突き出ていた。
そして、その矢はまだ。
**ビリビリ……**と、青白く鳴っていた。
雷属性。
ジャックの弓矢に、雷が噛みついたまま放電している。
「す、すっげええ!!」
バロロが目を見開く。
「今だ! いくぞっ!」
アクラが叫んだ。
怯んだ敵に、もう猶予はない。
バロロが爆ぜるように距離を詰め、残った連中を潰す。
アクラが斬る。
ジャックが矢を放つ。
ツヴァイは震えながらも、必死に距離を取って叫ぶ。
「き、来ます! 右から……っ!」
獣の目の集団は、最後まで“人”の顔を取り戻さなかった。
倒れても倒れても、しつこく動いて、
最後はようやく——糸が切れたみたいに崩れ落ちた。
静けさが戻る。
村の奥から、風が吹く。
焼けた木と血の匂いが、遅れて鼻に刺さる。
アクラは息を吐いた。
……勝った。
勝った、はずなのに。
胸の奥の糸が、嫌な感じで張りつめたままだった。
(こいつら、ただの武装派じゃねぇ)
倒れた肉の中に、まだ“何か”が残ってる気がする。
村の奥の暗がりが、口を開けて待ってるみたいに。
バロロが、血のついた拳を握り直して言った。
「……奥行くぞ。
まだ終わってねぇ。こんなの“前菜”だ」
アクラは剣を持ち上げる。
ジャックは矢をつがえる。
ツヴァイは泣き顔のまま、必死に頷いた。
そして四人は、村の奥へ進んだ。
村の奥へ進むほど、空気が重くなる。
焼け焦げと血の匂いに、薬みたいな甘さが混じっている。
それが、最悪だった。
“生き物の匂い”じゃない。腐りかけた何かの匂いだ。
四人が瓦礫の影を抜けた、その時——
「戦い、見てたぜぇ? 尻軽ちゃんどもよぉ」
背後から、ぬるっとした声が刺さった。
「わぁっ! びっくりした!」
ジャックが肩を跳ねさせる。
「な、なんだおまえ!」
アクラが反射で剣を半分抜く。
「んあぁ? てめぇら二人、今期からかぁ? どうりで腐った臭いがしねぇわけだぜ」
振り返った先。
薄暗い路地の入口に、細身の影が寄りかかっていた。
濃いアイシャドウ、だらしないタレ目。ギザ歯が覗く笑い方。背丈はそこまで高くは無い。せいぜいジャックより数cm上くらいだろう。
その服は整ってない。けど、血と土と、何かの脂が染み込んでいる感じがした。
「お前……久しぶりだな!! ジャメラポム!!」
バロロが声を上げた。
「えっ、知り合い!?」
ジャックが目を丸くする。
「おう! オレらの同期だ! でも一年もどこ行ってたんだ!?」
「なーに、祖国ちゃんが紛争でね。ウチが“処理”してたのさ。カネになりやがるからな!」
ジャメラポムは楽しそうに笑った。笑い声が、場違いにでかい。
ツヴァイが鼻を押さえて一歩引く。
「うっ……だからちょっと、におうのかな……」
「……あー? てめぇはたしか——」
ジャメラポムの視線がツヴァイに絡む。
「あっ、あっ……やめてください! その話は……!」
ツヴァイが即座に縮こまり、涙目で両手を振る。
「けっ。まぁいいぜ」
ジャメラポムは肩をすくめ、村の奥を顎で指した。
「それで? まだ進むのか?」
「うん。村人のみんなに教えてもらったんだ。まだこの先にいるって」
ジャックが真っ直ぐ答える。
「わーった。……んじゃ、付き合ってやるよ。帰り道で死体増えると、ウチの趣味が増えるしなぁ」
「趣味の言い方が最悪すぎるだろ……」
アクラが顔をしかめる。
「置いてかないでくださぁい……!」
ツヴァイが半泣きでついてくる。
その後の戦いも、さっきと同じだった。
同じなのに、もっと消耗した。
殴っても倒れない。
斬っても止まらない。
痛みを知らない肉の塊が、ただ前へ来る。
ようやく掃討が終わった頃には、バロロの肩が大きく上下していた。
ジャックも息が荒い。
ツヴァイは膝に手をつき、喉の奥の震えを飲み込んでいる。
その中で、ジャメラポムだけが、妙に平然としていた。
「……って、あれ。お前なにやってんの?」
アクラが言う。
「んあぁ? 死体漁りだぜぇ」
ジャメラポムは倒れた敵兵の服をめくり、腰の革袋を引き裂いた。
中から錆びた短剣、紙切れ、飴玉みたいな乾いた塊が落ちる。
「お前趣味わる! いくら敵兵でもよせよ……バチ当たるぞ……」
「うるせぇなぁ。これがウチの生き様なんだぜ。……かっけーだろーが」
「いやお前——」
言いかけたアクラの声が止まる。
ジャメラポムが、死体の足首を掴んで持ち上げた。
「”腐”。毒属性の派生ってとこだ。ウチがさっき魔術使って腐らせてぶち殺したんだぜぇ」
肉が黒ずみ、皮が剥け、骨が覗いて——いるはずだった。
でも。
「……おいアクラ。こいつら、おかしいぜぇ」
ジャメラポムの声が、少しだけ低くなる。
黒い肉の縁が、ぬるりと動いた。
剥けたはずの皮膚が、薄膜みたいに寄ってくる。
骨の欠片が、吸い寄せられるみたいに繋がっていく。
再生。
ほんのわずか。
でも確実に“戻っている”。
「……再生してやがる」
ジャメラポムが舌打ちした。
「……は?」
アクラの喉が鳴る。
ジャメラポムは躊躇なく短剣を突き立てた。
ぐちゅ、と嫌な音。
血が、勢いよく吹き出す。
「うわっ……!」
ジャメラポムは血の匂いを吸い込み、笑いもせずに言った。
「あぁ〜……なるほどなぁ」
「最近じゃ珍しいけどよぉ……こいつら——」
ジャメラポムが、指先で血を弾く。
「魔族の血が混じってやがる」
——は?
「説明すっと長くなるけどよ。間違いねぇ」
ジャメラポムは死体を蹴り、村の奥を睨んだ。
「何者かが“魔族の血”を飲ませやがったんだ。だから死に切らねぇ。痛みも、恐怖も、壊れてる」
「魔族……? 魔族ってそれ、童話の中の言い伝えだろ!」
アクラが噛みつく。
ジャメラポムは鼻で笑った。
「寝ぼけたこと言ってんなよ。魔族はそこらにいやがる。……あぁ、そっか。東幻は情報統制が厳しいもんな」
「さりげなくディスるなよ……!」
ジャメラポムは肩を鳴らし、吐き捨てるみたいに言う。
「とにかくここは危険だ。A班の任務は“この地区の掃討”だろ? もう終わってる」
「……」
「これ以上は“別件”だ。魔族案件。下手に踏み込むと、ウチらが次の死体になる」
そこへ、奥を確認していたバロロが戻ってくる。
ジャックとツヴァイも追いついた。
「おーいアクラくん!」
バロロが息を整えながら言う。
「村人から聞いた。奥に“まだいる”って……」
アクラは、ジャメラポムの話を三人に伝えた。
言葉にした瞬間、空気がさらに冷える。
「……それって」
バロロが眉を寄せる。
「こいつら、暴走してただけってことかよ……」
「その魔族ってのをやっつけねぇ限り、根っこは残るのか……!」
アクラの声が荒くなる。
「その通りだぜぇ」
ジャメラポムは首を鳴らした。
「だからこそ、今日は帰れ。セラフィナに報告しろ。あいつなら動く。動かせる。……ここは、ウチらが背負うとこじゃねぇ」
ツヴァイが震える声で言う。
「で、でも……自分たちの任務はこれで終わりですし……そこまでしなくても……」
「ツヴァイ先輩!」
ジャックが前へ出る。
「わたしたちが報告しなきゃ、また村の人が困っちゃうよ」
アクラは唇を噛んだ。
本音なら、今すぐ奥へ行って全部斬りたい。
でも、胸の奥の糸が嫌な張り方をしている。
——ここで無茶したら、“何か”が起きる。そんな予感がする。
バロロが短く頷いた。
「……今日は一旦帰る。任務は完了。報告が先だ」
そして、低い声で付け足す。
「でも、終わりじゃねぇ。……絶対な」
ジャメラポムがギザ歯を見せて笑った。
「決まりだぜぇ。帰り道、油断すんなよ。……“匂い”が付いてる」
「匂い?」
アクラが聞き返す。
ジャメラポムは、村の奥を一度だけ見て、吐き捨てた。
「魔族はよぉ——匂いで追う」
四人の背中に、冷たい風が抜けた。
さっきまで勝ったはずの村が、今は“逃がさない場所”に見えた。
A班は撤退した。
撤退したはずなのに、
胸の奥の糸は、ずっと張ったままだった。
#童ノ宮奇談シリーズ