「すみません、話していたらこんな時間に……エトワール様、グランツさんみつかったんですね」
「あっ、ブライトお帰り。プハロス団長と話してたの?」
「はい。少し話し込んでしまって」
帰ってきたブライトは、私を置いていったことに罪悪感を覚えているのか、申し訳ないと思っているのか、頬をかきながら目線を横に逸らしてそう言った。それでも、戻ってきてくれるところを見ると、完全に私の存在を忘れていたわけじゃないと思う。ブライトが忘れっぽいわけないし、それでも、結構時間が経っていたんだなあと思う。私は時計を今現在持っていないけれど。
ブライトは、私と私に懐いて離れない大型犬を見て苦笑していた。
グランツはあの後も私の隣でじっと大人しくしていたが、ずっと見られているため穴が相手し見合いそうだと思ったのだ。そんなに見ていたらなくなってしまうのではないかと言うぐらいには。
「それで、何を話していたの?」
「とくにこれといって重要な話ではなかったんですが、ヘウンデウン教の動きや、聖女殿の事について」
「ああ……」
ヘウンデウン教の動きはさらに活発になってきているみたいだし、聖女殿はこの間襲撃されてまだ戻れない状況だし。確かに、色々話すことはあるけれどそこまで重要ではない気がした。ヘウンデウン教の動きは重要なのだろうが、プハロス団長以外にもブライトは話しているだろうし、兎に角人手が足りない。
この間、ラヴァインが大蛇を倒したことによって北の洞くつには平穏が訪れ、ルクスとルフレの家、つまりダズリング伯爵家の力も借りることが出来て、鉱山開発が始まった。多くの魔法石を手に入れることも出来、かなり沢山の魔道具を作ることにも成功しているらしい。
大蛇がいなくなっただけで本当にあの洞くつは危険な場所じゃなくなったのだと実感した。あれ以降、いくのが怖くて実際に足を運んでいるわけじゃないが、開発の手伝い、大蛇を倒してくれたお礼にと私は何個か魔法石を貰った。加工してあるものだから、触れることも出来たし、綺麗な青色をしていた。それは、今皇宮で借りている部屋に置いてきている。聖女の魔力に比べれば魔法石などそこまで役に立つものでもないから。
(まあ、私より喜んでいたこたちいるし……)
ダズリング伯爵家は大富豪なのだが、元々あの北の洞くつの魔法石をどうにかしたいと思っており、機会を狙っていたみたいだった。それで、今回大蛇を討伐した事により開発が出来るとこちらの要求を飲み込んだ。
発掘した魔法石の大半は魔道具の生成やヘウンデウン教との戦いに備えるが、残りは好きに売っていいと言うことで、またボロ儲けしているらしい。富豪様々だと笑えてきてしまった。
そうして、そんな大富豪の息子二人、ルクスとルフレも大喜びしていて、早速オーダーメイドで作って貰った魔道具に大はしゃぎして、特に用事もないのに珍しく手紙までよこしてきたのだ。可愛らしい字で書いてあるが、書いてあるのは自慢ばかりで読んでいて思わず笑みがこぼれてしまった。まだまだ子供だと思う。
そういうこともありつつ、一応はヘウンデウン教との衝突、混沌との対決に備え筒はあるのだが。
(ブライトの……ブリリアント家の、魔道騎士団は未だ全員行方不明だし、武力はあっても魔法攻撃の方が手薄だとね……)
騎士の中にもそれは凄い人もいると思う。でも、グランツのように魔法を斬れる人などいないだろうし、近接攻撃特化だけでは、やはり戦力不足だ。魔法攻撃なんて広範囲だし、一気に何十人も下手したら倒せてしまうわけだから、魔道騎士団がいないと言うことはこっちにとってかなり痛手だった。
今から新たに編成しようにも、人手不足だ。魔法が使える人なんて限られているし、平民は殆ど魔力を持っていない、戦えるほどの魔力はないだろうし。まあ、だからこそ魔道具に頼っているのだが、それでもかなりの戦力不足だ。
「エトワール様難しい顔をしていますが、どうなさったんですか?」
「えっ、いやあの……矢っ張り、戦力不足かなって思って」
「戦力不足ですか?」
いきなり何の脈絡もなしにいってしまったため、ブライトは不思議そうにアメジストの瞳を私に向けていた。そりゃそんな風に見られるでしょ、と自分に突っ込みつつ、私は今考えていたことをそのまま話した。
「ブライトがプハロス団長に話しに言ったって事は、矢っ張りその戦いに備えてかなあって思って、それで、戦力不足なんじゃないかって。その、ほら、魔道騎士団の事もあるし、人手が足りていないとか。立て続けに色んな事が起きているわけだから」
言葉が上手くまとまらなくて申し訳ないと思ったが、どうにか伝えると、ブライトは「そうですね」と真剣に悩み始めた。
「世界の危機でもあるので、きっと友好国も助けてくれるのでしょうが、まだそこまで手が回っていないですね……内戦や紛争もありますし」
「そっか……難しいよね」
政治のことはよく分からない。
皆が皆仲良く手を取って……何て平和な世界はあり得ないのだ。やはり、自分の国がって優先事項を自分たちにするだろうし、利益を求めるのが人間だ。不利益を被るのなら、尚更手は貸さない。それに宗教的な問題もあるし、皆が理解し、手を取り合う世界になど簡単にはならない。
この帝国からあまりでないから外の国のことはよく分からないけれど。
「それで、すみません、エトワール様。話は変わるんですけど」
と、ブライトは言いにくそうに話を区切る。
私はどうしたのかと顔を上げれば、ブライトは言って良いのかといった感じに言い渋っており、そんなに言いにくいないようなのかと身構えてしまう。
何だか厄介事に巻き込まれそうなそんな気さえしたのだ。
「隣町で変な噂を聞いてしまって、今から調査に向かうんですが」
「うん」
「結論から言ってしまうと、その街で聖女が……という噂が立っておりまして、トワイライト様の」
「トワイライトの? え、その話詳しく」
トワイライトの名前が出たことに驚きを隠せず、食いつけばブライトはやはりそうですよね。といった感じに唇を噛み締め苦笑する。
ブライトは、そのまま続けた。
曰く、こうだ。
隣の町の教会で妙な噂が流れている。それまで熱心な女神の信仰者しか来ないような教会に、ヘウンデウン教、混沌の信者が集まりだしたとか。そして、そこには美しき少女が現われるらしい。それがトワイライトだそうだ。混沌が認め、混沌の右腕のように今やヘウンデウン教の聖女として動いている彼女がその教会に出入りしている、現われると言うことで、混沌の信者が集まっていると。
まあ簡単に言えば、女神を祀っているはずの教会で、混沌を祀り始めてそこにトワイライトが現われるようになったと言う話だった。
ブライトは頭がいたい話ですが、と憔悴しきったように頭を抱えていた。そりゃそうもなるという話である。隣町と言えば、領地的にまだ帝国内だし、帝国にも混沌の信者が、信仰が広まり始めているという証拠だろう。頭が痛くなるのも納得がいく。
その噂や、ヘウンデウン教の同行、教会を奪還するために今からブライトは調査に行くのだと。
手伝って欲しい、とははっきり言えない、言える立場じゃないとブライトは目が渦巻いていた。だが、私に嘘や隠し事をしたくないという意思も見えて嬉しくも思う。
トワイライトの場所が分かっただけでも大きな情報だ。
「私も行く」
「ですが、エトワール様……この間も危険な目に遭ったばかりですし、きっと殿下が」
と、ごにょごにょと言葉を濁すブライト。
確かに、リースが許すはずもないなあと思いつつ、どうにか言いくるめることが出来れば、と言うか強行突破できるのではないかと思った。リースもリースですべきことがあると自覚はしているだろうし、そんな私に構っている暇など彼にはないだろうから。
とは言ったものの、二人で行くというのもまたあれだと思った。
「リース……殿下の事は気にしなくてもいいと思うよ、ブライト!私がどうにか言うし、それにトワイライトのこともあるから、私もそこに行って確かめたい」
「多分、危険だと思います……といっても、エトワール様は聞いてくれないでしょうけど」
「私のことよく分かってるじゃん」
私がそう言って彼の肩を叩けば、「そうですね」と薄く笑っていた。中々に、ブライトも私のことが分かってきたんじゃないかと嬉しく思った。
そんな風に、ブライトと笑っていれば、ブライトは何かを思い出したように、グランツの方をスッと見据えた。
「調査ですし、どちらかと言えば偵察……というのもあって、僕だけでいこうとは思っていたんですが、やはり心細いですし、エトワール様がついてくるのなら尚更です。なので、グランツさん、よろしければ一緒についてきてくれませんか?」
と、ブライトはいったのだ。元々敬語が抜けなくて丁寧な喋り方をする彼だったが、私の騎士にまで、平民にまでそこまで気を遣うのかと不思議に思った。
グランツはブライトではなく、私の方を見ていた。
私の、答えを待っているようだった。
「俺は、エトワール様の護衛なので。エトワール様が行くところには……彼女を守るのが俺の仕事です」
「それで、勿論グランツはついてきてくれるんだよね?」
「……エトワール様の命令であれば」
まあ、元々ついてくる気満々だったんだろうけど、というか確かに護衛を連れて行くのは可笑しいことではないし、最近やたらと誘拐やら何やらで危険な目に遭ってきたため、護衛をつけておいた方がいいと思った。殆どの時間。
「分かった、まあ、私も元々連れて行く気だったし、グランツがいれば心強いから」
「では、決まりですね」
「その前に、リースに話にいかなきゃだけど」
「そ、そうですね……殿下に……はい」
そう言うと、ブライトはまた目が泳ぎ初め、結構リースが苦手なんだなあと言うことが改めて分かった瞬間だった。
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