カフェ『リヴァ―ジ』。
港を沿うように続く表参道から少し外れた裏通にあるこのお店は、扉に掛かる小さな看板だけが目印の小さなお店。
ついつい見落としてしまいそうだけど、ひとたび入れば、木材を基調としたぬくもりのある店内の雰囲気と絶品スイーツメニューの虜になってリピーターになるお客さまが後を絶たない。
わたしもそんな魅力に囚われてしまったひとり。
その頃はお家のことで悩んでいて落ち込みがちだった。
家に帰るのが憂鬱で、いつもの帰宅経路から外れて、海から香る潮風に誘われるまま歩いていたら、導かれるようにこの店に出会った。
すぐに、このお店のすべてに夢中になった。
店内の雰囲気も。
美味しいスイーツも。
かわいいドリンクメニューも。
そして、素敵な店員さんにも…。
榊くんのケーキを初めて食べた時のこと、今でもよく覚えている。
美味しさの中にやさしさが隠れていて、「どなたが作ったんですか」って聞いたら、近くにいたかっこいい男の子が「俺ですけど」ってさらって言って。
わたしとあまり歳が変わらなそうなのにすごい!って、一気に惹かれてしまったんだった。
榊くんを好きになって、どうすれば思いを伝えられるか毎日悩みあぐねていた。
そんな時、アルバイト募集が貼り紙されていて、見た瞬間、これしかない、ぜったいここで働きたいって思って、その日の内にお店に飛び込んだ。
※
その時面接してくれたのは、このお店のオーナーさんだった。
榊祥子(さかきしょうこ)さん。
あとで知ったんだけど、榊くんのお姉さんだった。
面接を受けようとわたしがお店に入った時、祥子さんはすでにわたしぐらいの歳の女の子と話をしていた。
面接しているみたい…。
いけない、お邪魔になる時に来てしまった。
わたしはさっと大きな古木の柱の陰に隠れた。
「じゃあ、志望動機を教えてもらえる?」
「はい! 実は、ずっと前からこのお店のリピーターだったんですけど、お店の雰囲気もいいし、なにより店員さんがみんなすーっごい素敵でずっと憧れてたんです! だから、わたしも一緒に働かせてもらえたらって思って!」
はきはきと元気いっぱいに答える女の子。
わぁ…。
わたしとまるっきりおんなじ志望動機だ…。
もしかして、この子も榊くんのことが好き…とかだったりするのかな…。
チラっと見ると、笑顔がかわいくて明るそうで、わたしよりずっと接客に向いていそうな子だった。
ここの素敵な店員さんたちと働いても、全然引けをとらないってくらい。
どうしよう…。
募集は1人って書いてあったし、先越されちゃったかな…。
って、不安に思ったけど。
祥子さんの態度は予想外だった。
「以上が志望動機?」
「はい。そうですっ!」
「ふぅんそう。ごめんね、それなら不採用だわ」
ええ?
即答で不採用!? き…キビしい…!
女の子もわたしと同じように思ったみたい。
ちょっと不愉快そうな口調で「どうしてですか?」って訊いた。
「うちのお店を気に入って、働きたいって思ってくれるのはうれしいけれど、本当にそれだけなのかな?」
「え…?」
「前にいざ採用してみたら、本心はうちの男の子狙いで、お目当ての子にアタックかけるのに躍起になって、仕事そっちのけになっちゃってお客さんからクレームくるようなことがあったのよね。それ以来、アルバイトの採用は慎重になろうと思ってね」
「わ、私がそうだって言うんですか?ひどいです、まだ働いてもいないのに…!」
「んーでもあなたのことは覚えているわよ。うちのアルバイトにアドレスきいたり、希望の店員じゃないとオーダー頼まなかったりしてたでしょ?」
「う…」
「ふふ。お客さまのことは良くも悪くも覚えているものでして。…申し訳ないけど、求めているのは純粋に一生懸命働いてくれる子なのよ。あなたがそういう別の目的で希望しているのだったら、今回は遠慮してもらえないかしら?」
祥子さんは少し口調をやわらげて続けた。
「でもね、お店の外で気持ちを伝えるのは自由よ。だからもし真剣な想いがあるんだったら、応援しているわ。今日は来てくれてありがとう」
祥子さんの言葉はすべて図星だったみたい。
女の子は顔を真っ赤にさせながら、しぶしぶ立ち上がった。
わわ…。
こっちに来る…!
隠れる場所がなくてあたふたしていると、女の子と目が合ってしまった。
すると、女の子はさらに顔を真っ赤にさせて、お店から駆け出てしまった。
なんだか…気の毒だな…。
ライバルかもしれない子がいなくなって、正直ほっとしたけれど、複雑だった。
「あら?あなたは」
なんてぼうっとしていたら、やれやれ、って感じで立ち上がった祥子さんが、わたしに気づいた。
「あら、ごめんなさい、陰で見えなかったわ。申し訳ないけど開店はまだ…」
「あ、い、いえ、ちがうんです今日は…!」
「ん?もしかして、あなたも面接を受けに来たの?」
「あ…は、はい…」
とうなづいてみたものの。
どうしよう…!!
わたしと同じ志望動機が完全拒否されたってことは、わたしも採用される見込みゼロってことじゃない!
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