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「ごちそうさまでした」
テーブルに並んでいた大量の料理をどうにかこうにか食べきった。さすがにもう何も入る気がしない。残しても良かったんだろうが、折角唯が俺の好きな料理ばかりを作ってくれたんだ。厚意にはきちんと応えなければ失礼だ。
食器の片づけを手伝い、先にお風呂に入らせてもらう事にする。ムカムカする胸を叩きながら、俺は風呂場へ向った。
シャワーを浴び髪や体を洗った後、湯船に入る。
「あー、きもちわるっ」
胸のムカムカが全然消えない、流石に食べ過ぎた。もともと歳のせいで大量に食べられる方ではなくなってきているのに、無理をしたと深く後悔した。この後にまだケーキがあると思うと、買って来たのは自分なのに憂鬱になる。
唯には言っていないが、あまり甘いものは好きじゃない。だが、唯が楽しみにしているに違いない。紅茶も用意しておくと言っていたし、もうあがるか。
湯船から出た俺は、勢いよくドアを開けた。その瞬間、タオルのしまってある棚の前に立つ唯と、思いっきり目があってしまった。
「い、いたのか⁉︎」
そう叫び、バンッと勢いまかせに風呂場のドアを閉め、急いで中に戻る。
(絶対に全身全部見られた!しかも唯の視線は思いっきり下を見ていたし!)
恥ずかしさに顔が赤くなる。昔から鍛えてはいるので見られて恥ずかしい体はしていないが、覚悟が無かったから隠したい気持ちが上回った。
「ご、ごめん…… 下着用意し忘れているみたいだったから…… 」
ドアの向こうにから聞こえる唯の声。動揺からなのか、少し上擦っている。
「わかった、ありがとう。でも、そこから出てもらえるか?」
慌てて風呂場に戻ってしまったから、今更堂々と全身を晒して此処から出る気にはなれない。
「あ、ごめん」
唯がその場から去る音が聞こえる。
(何裸を見られたくらいで動揺しているんだ、俺は!)
女じゃあるまいし、女々しいにも程がある。
「くそっ…… 」と、ぼやく声が勝手に出る。唯に見られたんだというだけで、自分のモノが少し硬さを持ってきた。
(ちょっと待てよ、そんな場合じゃないだろうが!頼むから落ち着けよ!)
何度も深呼吸をするも、またしばらく、俺は風呂場から出られなくなった。
「……… 」
「……… 」
居間に流れる気まずい空気。せめてあの後、あそこで勃起までしていなければ別にこんなに不機嫌にはならなかったんだが、恥ずかしさも加算され、まともに唯の顔が見られない。
「えっと…… いただきます…… 」
唯の声が、静かな居間にやけに響いて聞こえる。
「はい」と返事をし、黙々とケーキ食べるが、正直味がよくわからない。唯の、美味しそうに食べているであろう顔でも見られればまた違うのかもしれないが、今はそんな彼女の様子を見る事すら出来ない。何かを食べる姿すら、別の行為を連想してしまいそうだった。
「…… 怒ってるの?」
恐る恐るといった声色で、唯に訊かれる。
「怒る事は何もしてないだろう」
そうだ、唯は何もしていない。ただ『夫の裸を見た』だけだ。それだけの唯を怒る方がおかしい。
「でも、ずっと黙ってるから…… 」
気まずい空気が嫌で堪らないといった感じだ。話題を変えようと思ったのか、「短期でアルバイトがしたい」といった内容の話をしてきた。昔勤めていた、俺達が初めて会った店の手伝いを、後輩経由で店長から頼まれたのだとか。
飲み屋である為少し心配になったが、唯は酔っ払いのあしらいが相当上手いのは俺自身イヤって程身に染みてよくわかっている。変な男に引っ掛かる様な事も無いだろう。なにせ客の顔も覚えないくらいに、きっちり割り切って働けるくらいだから。
手助けをさせないのも可哀想なので、俺は渋々許可する事にした。
「ただし条件がある」
「ん?何?」
唯がキョトンとした顔をする。何度見ても、可愛い仕草だ。
「指輪は外すな。誰に誘われても飲みには行くな。知り合いでもだ」
たぶん連絡してきた後輩ってのは、昔俺にやたら突っかかってきた事のあるあの男だろう。なので俺は、この条件だけは譲れないと唯に約束させた。
「大丈夫だよ、司さんしか見えてないから」
幸せそうな顔で言ってくれるのが、とても嬉しい。彼女が話題を変えてくれたおかげで、何とかこの日は普通に話せるようになって一日を終えた。