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アドラル皇国
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
2,231
「先遣隊に、王族らしき男がおるだと?」
報告を聞いたグユクは、耳を疑った。
「王族が、先遣隊に?」
馬上から丘陵を見上げる。
その頂に、一人の男が立っていた。
遠目にも分かるほど派手な衣装。
陽光を受け、金色の装飾がきらきらと輝いている。
その男は逃げるでもなく、丘の上からこちらを見下ろしていた。
グユクの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「ほう……」
面白そうに笑う。
「先遣隊と共に前線へ出るとは、見上げたものよ」
そして周囲の将兵を振り返った。
「よいか、皆の者!」
声が響く。
「あの金色をまとった将を捕らえた者には――」
グユクは丘の上を指差した。
「生死を問わず、望むだけの褒美をくれてやる!」
騎兵たちから歓声が上がった。
グユクは満足そうにそれを聞くと、今度は傍らにいたブリへ顔を向けた。
チャガタイ家の王子。
今回、中央軍に従軍している将の一人だった。
「ブリ」
「はっ」
「歩兵三万と共に、ここで待機せよ」
ブリがわずかに眉を動かした。
「待機、でございますか」
「ああ」
グユクは再び丘陵へ目を向けた。
「あれが本当に王族ならば、先遣隊だけで前へ出てきたとは思えぬ」
その目が細くなる。
「後ろに何かがおる」
そう言いながらも、声には警戒より期待の色が強かった。
「儂が敵将を捕まえがてら――」
腰の剣に手をかける。
「敵の正体を確かめてくる」
「では、我らは?」
「合図を待て」
グユクは短く答えた。
「儂の旗が上がったら、全軍で前進せよ」
「承知いたしました」
ブリが頭を下げる。
グユクは手綱を引いた。
「行くぞ!」
号令とともに、周囲を固めていた騎馬隊が一斉に動き出した。
二万の騎兵が、グユクを中心に巨大な奔流となって丘陵へ向かう。
蹄の音が大地を震わせる。
グユクは、その先頭近くを駆けていた。
視線の先にいるのは、ただ一人。
丘の上で金色の衣装をまとい、
こちらを待ち受ける男だった。
「来たよ、来たよ」
丘の下を見ながら、サイラスが楽しそうに言った。
地平を埋めるように、モンゴリア騎兵が迫ってくる。
その先頭には、ひときわ豪奢な装束をまとった男。
グユクだった。
「じゃあ、あとはユンナ。よろしく」
「ちょっと待ちなさいよ」
ユンナは、手にした弓を見て顔をしかめた。
いつも使っている強弓とは違う。
軽く、小さい。
まるで子供の練習用にも見える代物だった。
「こんなおもちゃみたいな弓で、あんな軍勢を止められるわけないでしょ」
「止める必要なんてないよ」
サイラスは平然と答えた。
「は?」
「一緒に走ればいい」
そう言って、遠くに見える森を指差した。
「アイルジャールの森までね」
ユンナは一瞬、言葉を失った。
「……まさか」
サイラスは笑った。
「その、まさか」
直後。
背後から、大地を揺らす轟音が響いた。
振り返る。
数万の騎兵。
その巨大な奔流が、こちらへ向かって押し寄せている。
対するこちらは――
わずか歩兵騎兵合わせて千あまりの兵
「全軍、反転!」
サイラスが叫んだ。
「逃げるぞ!」
弓騎馬を護衛とし、一斉に馬首を返す。
その後を追って、
数万のモンゴリア騎兵が雪崩のように駆け出した。
逃げる兵千を二万の騎馬が追う。
目指す先は、アインジャールの森。
こうして――
戦場を丸ごと使った、
壮大な鬼ごっこが始まった。
「隊長」
「なんだ」
「あれ、歩兵ですよね」
「そうだな」
「……なんで追いつけないんですかね」
隊長はしばらく黙った。
前方では、敵の歩兵たちが必死に逃げている。
こちらを振り返る者すらいない。
盾も構えない。
槍も向けない。
ただひたすら、一目散に逃げている。
「……なんでだろうな」
隊長にも分からなかった。
騎兵が追いつけないはずがない。
こちらは馬。
向こうは人間の足だ。
だが――。
「追え!」
騎兵たちが速度を上げる。
すると、歩兵の両脇を走っていた敵の騎馬隊が動いた。
「来るぞ!」
弓が上がる。
次の瞬間、矢が降ってきた。
「くそっ!」
騎兵たちは思わず手綱を引く。
馬が乱れる。
隊列を整え、こちらも弓を構える。
「射ち返せ!」
ところが――。
「……いないぞ」
先ほどまで目の前にいた敵騎兵は、すでに遠くへ離れていた。
追えば射たれる。
止まれば逃げられる。
再び追えば、また左右から矢が飛んでくる。
それだけではなかった。
遠くから見れば、ただの草原だった。
だが実際に馬を走らせてみると、
至るところに浅い沼があり、
岩が転がり、
ところどころ地面が大きく窪んでいる。
馬は思うように速度を出せない。
一方――。
敵の歩兵は迷わなかった。
沼を避け、
岩場の隙間を抜け、
細い獣道のような場所へ次々と入り込んでいく。
「……あいつら」
兵士が呆然と呟いた。
「最初から道を知ってやがる」
その間にも、敵は遠ざかっていく。
こちらは騎兵。
向こうは歩兵。
それなのに――。
距離は、一向に縮まらなかった。
グユグは、前方を駆ける金色の敵将を睨みつけていた。
距離が、縮まらない。
こちらは騎兵。
敵は歩兵を率いている。
それなのに、追いつけない。
「……小癪な」
苛立ちはあった。
だが、グユグもただ敵を追いかけていたわけではない。
ここまで執拗にこちらを誘うということは――。
敵の本隊が近い。
おそらく、この先に何か用意している。
グユグはそう察していた。
「後方のブリに前進を命じよ」
「はっ」
伝令が馬首を返す。
グユグは、逃げ続ける敵の背中を見据えたまま笑った。
「我らはこのまま、敵の誘いに乗ってやろうではないか」
側近がわずかに顔を強張らせる。
「よろしいのですか?」
「何を恐れる」
グユグは振り返った。
その背後では――。
二万のモンゴリア騎兵が、地響きを立てて草原を疾走している。
無数の蹄が大地を叩き、
巻き上がった土煙が地平線を覆っていた。
その光景を見て、グユグは確信していた。
たとえ罠があろうとも。
伏兵がいようとも。
正面から踏み潰せばよい。
「この軍を止められる敵など――」
グユグの口元に笑みが浮かぶ。
「この地にはおらぬ」
コメント
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第29話、読みました! グユグの「この軍を止められる敵などおらぬ」という確信――もうここで彼の慢心が透けて見えるのがたまらないですね。騎兵二万が歩兵千を追って、しかも距離が縮まらない。サイラスが事前に地形を読んでいたかのような誘導の手際も見事で、「戦場を丸ごと使った鬼ごっこ」という発想にワクワクしました。 騎兵が追いつけないもどかしさと、グユグの強気な姿勢の対比が、この後の展開をすごく気にさせます。次が楽しみです!