「利用しているわけではありません。私の力を与えてあげるために、私も力を貸してもらっているのです」
「司波様の力が入った薬があれば、楽になれる」
包丁を持った女性が嘆いた。
病気なのだろうか、顔色が悪い。
「おい、お前ら」
小野寺さんが腰が引けている隊士に声をかける。
「お前らも隊士だろ?一般人に致命傷を負わせることはするな、かと言ってお前らも殺られるなよ」
いつもと違って口調も柔らかではない。
「そんなっ、副隊長」
完全に戦意を喪失しているように見えた。
しかし
「あの厳しい訓練を乗り越えてきたお前たちなら大丈夫だ。自信を持て」
小野寺さんがそう伝えると、目に力が戻ったかのように見えた。
「小夜ちゃんは俺の後ろにいて。絶対に離れないでね」
一般人相手と司波が相手であれば、私は足手まといになっている。私がいることで、小野寺さんも十分に動けないだろう。
一人の男性が走り出したのがきっかけだった。三十人はいかないほどの住民たちが、前と後ろから襲いかかってくる。
隊士たちは囲まれたが、なんとか堪えていた。
傷を付けないよう戦うのに苦戦をしているようだ。小野寺さんは軽々とこなしているが、司波の動きも見ながら戦っているため、いつもより動きが遅い。
だが、強かった。
あっと言う間に、気絶をさせていく。
十歳にもいかないであろう少年も襲いかかってきた。
「ごめんね」
そう声をかけ、鳩尾に一撃を入れる。
気がつけば、半数以上は地面に倒れている状態だった。
そんな様子に司波も
「いいですね、楽しいです。でも、これで終わりじゃないんですよ」
不敵に笑っている。
あと数人の市民を倒せば終わり、そんな時だった。
隊服を着た隊士たちが十人ほど駆けつけた。
「おい!応援だぞ」
なんとか戦っていた一人の隊士がそう叫んだ。
しかし、集まった隊士たちの様子がおかしい。
「そういうことかよ」
小野寺さんが最後の住民を倒して、隊士たちと向き合う。
「司波様、お待たせいたしました」
「ちょうど良い時間でしたよ。楽しい第二戦の始まりですからね」
隊士たちがこちらに向かってくる。
「小野寺副隊長、我々はどうすれば?」
同じ鍛錬をし、共に戦ってきたのではないのか。
ふぅと呼吸を整え
「なぜ、そちら側にいるんだ?樋口」
とある隊士に問いかける。
樋口さんって、私のお世話をしてくれた人だ。
「ご指名ですか、副隊長。なぜって、金のためですよ。世の中、金がないと生きていけない。あんたたちみたいな上級はいいかもしれない。あんな訓練、指示をしているだけで、楽をしているあなたたちより金をもらえないって不公平だと思いませんか?こんな組織、早く抜けたかった。そこで司波様が声をかけてくれたんです。司波様は俺たちを裏切らない」
樋口さんが答える。
「そうかよ」
小野寺さんの空気がさらに変わった。
「お前たちはどうする?」
後ろにいる隊士二人に問いかける。
「我々は……」
「人を助けたいと思い、入隊をしました。殉職も覚悟の上です」
一人がそう答えると、もう一人の隊員も強く頷いた。
小野寺さんは、ふっと笑ったあと
「わかった。命令だ、あいつらはもう同僚と思うな。敵とみなし、殲滅する」
「はっ!」
第二戦が始まろうとしていた。
圧倒的に不利な状況。
先程までと違い、鍛錬を重ねてきた隊士たちとの闘い。
それにまだ司波も力を出していない。
その時、一羽の鳥が上空で鳴いた。
「えっ?なんで朱雀戻って来てるの?」
私たちの後ろから人が走って来る音が聞こえる。
敵の増援だろうかと思った。
「お待たせいたしました、副隊長」
どうやら味方の応援らしい。
胸をなでおろす。
「これはどういう状況ですか?」
味方にきた隊士たちも、同僚が向こう側にいることに戸惑いを感じている。
「こういう状況。あいつらは敵だから。もう同僚だと思うな」
「はい」
「話が早くて助かるわ」
こちらの応援も同じくらい、相手側に比べるとやや少ないくらいだった。
その様子を見ていた司波は
「なぜだ。こちらの予想よりも遥かに到着が早いですね」
私たちには聞こえることがなかったが、そんなことを呟いていた。
一斉に戦闘が始まった。
刀と刀が合わさる音。
「ぐっ」
切られて、倒れる者もいる。
どうしてこんなことになったのだろう、先日まで仲間だったんじゃないのだろうか。
小野寺さんは刀を司波に向けたまま、一歩も動かない。
小野寺さんに向かって切り込んでくる隊士もいたが、他の隊士が止めに入る。
「私が直接、手を下さなきゃいけなくなるなんて誤算でした」
そう言って、司波はこちらに歩いて来た。
「小夜ちゃん、俺が戦いに入ったら逃げられる?あいつの動きを少しくらいなら止められると思う。だからその間に逃げて」
「樹が来るまで、どこかに隠れるんだ」
「そんなっ」
小野寺さんの表情は真剣だった。
「小夜ちゃんと樹と過ごせて、すごく毎日が楽しかった。ありがとう」
「どうして今そんなことを言うんですか?」
「ん、なんとなく。負けないように頑張るけどさ」
そう言われ、瞬きをするともう彼は私の前にはいなかった。
先の前方を見ると、司波と刀を交えている姿が見えた。
「久しぶりにこんな強い方と刀を交えたような気がします」
「それは喜んでいいの?」
刀と刀がぶつかっている。
どちらも引いていない。
私は本当にこの場から逃げていいの?
戦っている隊士たちも倒れていく。
「小夜ちゃん!」
小野寺さんが叫んでる。
逃げなきゃ、そう思って走り出そうとした時
「それは困りますね」
司波が小野寺さんの一瞬の隙をついて、斬撃をいれた。
「ぐっ」
急所は避けたようであるが、腕から血が出ている。
再び司波に切り込んで行こうとする小野寺さんが見えたが、様子がおかしい。
「うっ」
「私の刀は特別なんです。毒が仕込んでありましてね、かすり傷一つでも致命傷なんですよ」
苦しそうに小野寺さんが地面に膝をつく。
「さようなら」
そう言って司波は、小野寺さんに刀を向けた。
「やめて!私、あなたのところに行きます。だから、やめて下さい」
司波の動きが止まった。
「小夜ちゃん……。やめるんだ」
私は、司波の方へ歩いて行く。
「生きて持ち帰ることができるのが一番良かったので、あなたの方からご提案をしてくれて良かったです」
近くで目を合わせる。
恐い、蛙が蛇に睨まれた時はこんな感じなのだろう。
「お願いがあります」
「なんでしょう?」
「小野寺さんの解毒をさせて下さい」
「いいですけれど、私の毒はそう簡単に身体から抜けませんよ」
「はい。それでもお願いします」
司波は何も言わなかった。
そのため、私は倒れている小野寺さんの傷口を見る。傷口だけでは、どんな毒が使われているのかわからない。
「小夜ちゃん、なんで逃げなかったの?」
弱弱しく小野寺さんが呟いた。
「小野寺さんを助けたかったから」
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