深紅の血溜まりがある。
積もった雪の上に崩れる白い肌から、それは流れ出していた。
ジオンは初めて己の妻を見た。
倒れる女は、身震いするほど美しい。
「ジオン!!」
ウォルの叫びに、ジオンは微動だともしない。
王の足下には、胸元のはたけた王妃の亡骸《からだ》がある。
ジオンが、リヨンとグソンを斬ったのだ。
逃げ惑う二人に、王は剣を振るったのだ。
王妃の遺体は恐怖の相を浮かべ、腕は助けを求めるように、空を掴もうとしている。
物音を聞き付け、後宮に詰める宦官達がやって来た。
薄い綿の入った上着を羽織っただけで、ザクザクと、凍りついた雪を踏み締めたとたん、驚愕の声を上げた。
血に染まる黒衣の男が転がり、先には、王妃が崩れこんでいる。
そうして、王の姿があった。
「これは!」
「王が?!」
「もしや、ご乱心か?!」
皆は慌てて踵《きびす》を返し、事を知らすべく消えていく。
暫くすると、回廊という回廊に、どよめきのような衣擦れの音が響き、あちらこちらから、皮衣《うわぎ》を羽織った高官達が、従者を引き連れ現れた。
「かの国に、知れてしまえば!」
国の一大事とばかりに、彼らは王に詰め寄った。
王を拘束するためか、兵の列がある。
ジオンは、遠巻きに自分を眺める兵の姿を確認すると、高官達を睨み付けた。
「騒ぐな!王妃は、謀反を企てていた。東が兵をあげたなら、臨むまで!!」
王の凛とした声に、従者達は渋々従った。
命を発せられては、仕方ない。
王の乱心とすれば、少なくとも、正面からの戦になることはない。
だが──。
これで、東の国、寧をごまかすことはできなくなった。
高官達のため息が流れる中、反逆者となった王妃と、グソンの従者を捕らえるべく、兵が後宮へ乗り込んで行く。
謀反を企てた者と関わった人間は、厳しい調べを受けることになるのだ。
「ウォル……謀反だ……」
「はい」
王妃が、自分の妻が、宦官と享楽を求めていたなど、不義を働いたなど、王の誇りが、ジオンに言わせなかった。
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