……あの日のことは、堅く口止めされ、宮殿に王不在の日々が続いた。王なくとも、政《まつりごと》はそれなり動く。が、当然、宮の内では、腐敗が蔓延していった――。
「っつ……」
櫛に髪が絡まり、ウォルの頭皮に小さな痛みが走る。
「申し訳ございません」
「いや。いいんだよ。ユイ。私こそ、詫びなければ。傷を負ったお前を、こき使っているのだからね」
「いえ、いえ、ウォル様……」
「すまないね。ゆっくりでいいから、ミヒと同じに結ってくれないかい?」
ミヒの名を聞き、ユイは、はらりと涙を流した。
あの日負った自由にならない腕で、作業する姿は痛々しくある。
「申し訳ありません。以前は、もっと上手に結えたのに……」
声を震わし詫びるユイにウォルは言う。
「いや、いいんだ。本当に、本当に、すまないと思っている」
あの夜……。
この屋敷に賊が押し入ってきた。そして、ミヒはウォルの目の前でさらわれた。
多勢に無勢で、ミヒを守ることができなかった。傷を負いながら、ジオンの元へ走ったが、賊は捕まらず。
五年が過ぎる──。
ミヒは生きている。
ウォルは信じていた。
あの時、賊はミヒを殺さなかった。
自分に、ユイに、屋敷の者すべてに剣を振るったにも関わらず、ミヒには傷ひとつ付けなかった。
拳を食らわせたのだろう。気を失った彼女を賊は抱きかかえ、戦利品のごとくさらっていった。
奴等《やつら》は、ミヒに美しさを見たのだ。
傷をつければ、商品としての価値は下がってしまうと。
なんとおぞましい……。
それでも。
命さえあれば。
命さえあれば、救うことができる。
ウォルは、密かに国中の妓楼に探りを入れた。
ミヒほどの器量なら、すぐに遊里の噂話に上るはず。が、足取りはつかめないままで、望みも薄くなっていた。
――よりにもよって、王の婚礼の日に。
ジオンはそれ以来、この屋敷でミヒの影を追い求め過ごしている。
「ミヒ!」
怒鳴り声が聞こえた。
「ユイ。もういいよ。下がってくれ。すまないが、酒の用意をしてくれないか?どうやら、ジオンの機嫌が悪い。困ったものだ。あの、ジオンが……形無しだよ……」
ウォルは、苦渋の表情をあらわにし、結いあがった髪を鏡に映すと、足早にジオンの声がする寝室へと向っていく。
回廊に沿って、牡丹の花が咲き乱れていた。
賊に踏みにじられた跡を、ジオンは花でうめた。
屋敷の格にあわせろと、高価な花を集めた。ひ弱な木々ばかりだったから、賊になめられたのだと、まるで負け惜しみを言う子供のようにジオンは躍起になった。
──これは、偶然に見せかけた罠。
言わずとも知れている。宮殿には、ミヒのことが邪魔でならない者がいる。
……後宮……。
「ミヒ!どうした!」
聞こえるジオンの声が、うわずり始めた。
ウォルは、小走りにジオンの元へ向かった。
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