勢いをつけすぎ、ダンと、蹴破る勢いで、主の部屋の扉を開け放してしまった。
ジオンの目を気にしつつ、ウォルは息を整える。
「ミヒ……か?ミヒなのか?」
とろけるような目つきで、自分を見るジオンの姿に、ウォルはいたたまれなかった。
「戻ってきたのか?ミヒ……」
どうだろう。凛とした威厳が、強固な体躯《からだ》が、今ではまるで見受けられない。
青白い顔をした、病的な男が、恋いしい女の幻想に酔い、微笑んでいる。
ウォルはこの屋敷の主《あるじ》として、ミヒの姿をして住んでいた。
滑稽な事をしていると、分かっている。しかし、すべては、ミヒを慕うジオンのため……。
ジオンは、現れたウォルをしっかり抱きしめ、ゆっくり首筋に唇を這《は》わした。
その昔、ジオンは戦場で毎夜ウォルを愛撫した。
しかし、今はそれとは違う――。
ジオンは、何かにとりつかれたかのように、おののき始めた。
「……ミヒではない」
おびえるジオンに、ウォルは囁きかけた。
「大丈夫、ミヒはすぐ戻ります」
言って、力尽きたジオンの頭を撫でてやる。
「酒の用意をいたしましょうか?」
「……ミヒで……後生だから、ウォル、ミヒでいてくれ」
「はい。わかっております」
嘆くジオンの瞳はどんより曇りきっている。
つと、食い入るようにウォルを見つめると、首をかしげた。
「……どうした?いつものかんざしは?ミヒ?気に入っていただろう?」
在るべきものがないと、ジオンの眼差しは固まっている。
「ええ……それは……」
どうしても、ミヒになりきれない。
かんざしを挿していなかったことに、歯がゆい思いをしながら、ウォルは口をつぐんでしまった。
「そうか、新しい物が欲しいんだな?」
ぱっと、輝くジオンの顔がある。
「今度、二人で外に出よう。好きなかんざしを選ぶといい」
「ジオン……」
「私は、宮には帰らない。お前とずっと一緒だ。ずっと、ずっと」
ジオンは指で、ウォルの髪を揺らし、そのまま、もてあそぶように絡めて、ニッコリと微笑みかけてくる。
ミヒの衣を纏《まと》い、同じように髪を結い、彼女のごとく振る舞っている自分が、ことのほかなさけない。
しかし、今のウォルにできることは、これしかないのだ。
ジオンの目を欺《あざむ》くようで辛かった。でも、それで心が休まるのなら……。
ミヒでいよう。
次からは、かんざしを挿そう。
ウォルの頬を涙が伝った。
ジオンは、時折正気が逸脱する。しかも、どこからか妙な物を手に入れて、笑みを浮かべるようになっていた。
いつの間に……あんな物を……。
阿片など。
「ジオン。そろそろ、おしまいにしましょう」
「ん?」
「あれは、いけません」
「ああ……だがな、宦官はみな吸っている。よく眠れるそうだ」
「それは、宦官の言うこと。あなたは……王なのですから」
「はっ、王座などいつでもくれてやるさ」
「ジオン……」
子供のようにぐずる素振りを見せながら、ジオンは寝台に横になり、有無を言わさぬ勢いでウォルを引き寄せた。
とたんに、ウォルが声を上げた。
懐に忍んできた主人の手が……。あの日の傷に触れていた。
「……すまない……ウォル」
呟きのような言葉と共に、ジオンは懺悔《ざんげ》のごとく傷に指を這わせた。
ウォルは、そっと顔を背ける。
あの日の傷を這う、ジオンの指先が、ウォルには、耐えられなかった。
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